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『トロイ』(ウォルフガング・ペーターゼン監督、2004年、アメリカ) [歴史映画]

 最近ちょっと映画ネタが多いですが、ご勘弁を。夏休みということで、買ったのにこれまで観てなかったDVDを観ています。

【映画の出演者その他】
 ホメロスの叙事詩『イリアス』の映画版で、監督はウィルス感染パニック映画『アウトブレイク』(95年)を撮った人。主演のブラッド・ピット以外にも、パリス役が『ロード・オブ・ザ・リング』『パイレーツ・オブ・カリビアン』『キングダム・オブ・ヘブン』のオーランド・ブルーム、パリスの兄ヘクトルが『ミュンヘン』のエリック・バナ、そしてこの二人の父親でトロイ王のプリアモスに『アラビアのロレンス』こと名優ピーター・オトゥール(ジェダイ・マスター、オビ・ワン・ケノービことアレック・ギネスとの共演!)という豪華なキャストであります。さらにオデュッセウス役は「炎の英雄シャープ」ことショーン・ビーン!おまけにアキレウスの母テティスを演じるジュリー・クリスティ(『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』でのパブの店主、マダム・ロスメルタ)は『ドクトル・ジバゴ』でアレック・ギネスと競演しておりました。

【映画の見所】
 あまりにも有名なストーリーゆえ、観る前から結果が分かっているので、ハラハラドキドキ感には今一つ欠けます。で、古代ギリシアがどのように再現されているかという点に興味がいってしまうわけです。まずギリシア軍の船はガレー船ですが、三段櫂船ではありませんね。もう少し小型のようです。三段櫂船がギリシアに登場するのは、もう少し後のことでしょうか?つぎに重装歩兵。最初のテッサリアにおける戦闘で、重装歩兵部隊(ファランクス)が出てきました。この時は部隊同士が戦うことはありませんでしたが、パリスとメネラオスの対決後に重装歩兵部隊同士の大規模な戦闘シーンがあります。ディスク2には、こうした場面で使われた、人の動きを制御するコンピューターソフトを解説する部分がありますが、なかなか興味深いものです。同じく解説映像によると、トロイの町並みの主要な部分はCGではなくセットでつくられているようです(場所はマルタ島)。当時のトロイの建物は小さく、せいぜい3メートルくらいであったとのことですが、それでは迫力不足なので、エジプト文明やらミケーネ文明やらの要素を加えて、最高で12メートルくらいのセットをつくったとのこと。それらしい雰囲気は出ています(特典映像で一番面白かったのは、音響の説明でした)。
 映画自体は人間ドラマとして観た方が面白いので、神々を登場させる必要はなかったと思います。いい出来です。まずアキレスの人物描写がよくできています。猛々しさと弱さが同居したかのような感じで、鬼神のごとき活躍をし、ヘクトルの遺体を辱める一方で、ヘクトルの遺体を前に悲嘆にくれ、「オレもすぐに行く、友よ」とつぶやくといったあたり、描き方が上手いですね。息子の遺体をもらい受けに来たプリアモス王のピーター・オトゥールも熱演。でも一番はやはりエリック・バナが演じるヘクトルでしょう。常に困ったような様な顔をして、悲壮感漂う表情。彼に似合ってます。

【登場人物について~ギリシア神話より】
 オリジナルのギリシア神話では、アキレスをはじめ主要な登場人物のほとんどは神々の末裔です。アキレスは海の女神ティテイスとゼウスの孫ペレウスの間に生まれた子です。映画では、テッサリアでボアグリアスを倒したアキレスが、名前を問われて「ペレウスの子」と名乗るシーンがあります。アキレスを冥府の河ステュクスにつけたティティスは、美しい女神でしたが「夫よりもすぐれた子を産む」と予言されたことから、さすがの好色なゼウスも「自分よりすぐれた子ができたら困るわい」ということで、彼女をあきらめたとか。またトロイ王プリアモスは、ゼウスから6代あとの末裔(映画では、ヘクトルの遺体を返してもらいにきたプリアモスが、アキレスに「お前の父親を知っている」というシーンがあります)。したがって、プリアモスの子であるヘクトルとパリスの兄弟も、ゼウスの末裔ということになります。プリアモスの先代の王ラオメドンのとき、アポロン神などの助力でトロイに強固な城壁が完成したと言われていますが、映画でもアポロンがトロイの守護神であることが度々出てきました。パリスがアキレスの踵を撃ち抜くときに加勢したのもアポロンです。一方のヘレネは、白鳥に化けたゼウスが、レダに生ませた娘です。つまりヘレネはゼウスの孫にあたるわけで、ゼウスが牛に化けてエウロペに生ませたミノス(ミノタウロス伝説で有名)の姉だか妹だかになります。世代で見るとパリスとヘレネには数世代の差がありますが、ゼウスは不老なので、こうなってしまうわけです。
 ヘレネの夫であったスパルタ王メネラオスと彼の兄でミュケナイ(ミケーネ)王のアガムメノンについても少し触れておきましょう。アイスキュロスの悲劇でも知られるアガメムノンは、スパルタ王テュンダレオスとレダとの間に生まれたクリュタイムネストラの夫。レダはヘレネの母でもあるので、クリュタイムネストラとヘレネは異母姉妹となるわけで、アガメムノンとメネラオスの兄弟は、それぞれ姉妹を妻としていたことになります。
 映画の最後でパリスから先祖伝来の「トロイの剣」を預けられる人物が出てきます。老父アンキセスを背負い、一族とともにトロイを逃れたこの人がアイネイアスで、アンキセスとアフロディテとの間に生まれた人物です。プリアモスの娘の一人クレウサを妻とした人物ですが、彼の名はアエネイスといった方が世界史履修者には通じるでしょうね。そう、ヴェルギリウスがローマ建国をうたった大叙事詩『アエネイス』の主人公です。彼の子孫であった王女シルヴィアが軍神マルスと結ばれて生まれたのがロムルスとレムスという双生児で、ロムルスの名がローマの由来になったといわれています。最期にチョイ役ですが、最初の浜辺の戦闘後に、アキレスに声をかけるアイアスという人物がいます。アイアスには大と小の二人いますが、多分大のほうでしょう。二人ともあまりよい死に方ではないです。

【ギリシア神話ではどうなっているか~映画との差違】
 パリスがヘレネをわがものとできたのは、アキレスの両親の結婚式に呼ばれなかった不和の女神エリスが腹いせとして宴席に投げ込んだ、黄金のリンゴに端を発します。そのリンゴには「もっとも美しい女性へ」と書かれていたので、このリンゴをめぐってアフロディテ、アテナ、ヘラが争うことになりました。誰からも恨まれたくなかったゼウスがジャッジとして指名したのがパリスです。アフロディテは世界一の美女、アテナは戦争での功名手柄、ヘラは地上での富と権力をエサにパリスを買収しようとしますが、パリスはアフロディテを選びました。このことを根に持ったヘラとアテナは、トロイ戦争でギリシア側を支援します。一方、トロイ側にはアフロディテとアポロンが加勢しました。
 映画では、凛々しいアキレスとへなちょこなパリス、それぞれブラッド・ピットとオーランド・ブルームが好演しております。でも原作では、アキレウスを戦争にいかせたくなかったティティスが彼を女装させて隠しておいた(行商人に化けて一計を案じ、変装を見破ったのがオデュッセウス)ということなので、ブラッド・ピットではちょっと凛々しすぎかも。おまけに神話ではアキレスがトロイ戦争に参戦したのは15歳のときなので、年齢的にもちょっと苦しい?まぁ、荒くれ兵士の指揮をとるのが高校生くらいの美少年っていうのもなんか絵にならない感じはしますが。
 またパリスの方も、「トロイを滅ぼす」との予言で捨てられ、出場した競技会で兄ヘクトルと戦っていたところ、その素性が明かとなりますから、けっこうな勇者であったようです。といっても、メネラオスとの一騎打ちで殺されそうになるのは神話も同じ。神話ではヘクトルではなくアフロディテに助けられます。映画ではこのときメネラオスはヘクトルに殺されますが、神話では彼はその後スパルタに帰ってヘレネともとどおりに暮らしました。ローマの詩人オヴィディウスも『転身物語』の中で、「不思議な夫婦だ」と言ってます。ヘレネは、メネラオスとの間に生まれた9歳の子どもまで捨ててパリスと駆け落ちしたのに....
 見せ場の一つはヘクトルとアキレウスの戦い。アガムメノン(映画では実に嫌なヤツとして描かれていますね)とプリセウスをめぐって仲違いしたアキレウスが戦線離脱し、代わってパトロクロスがアキレスの鎧を身につけて出陣、ヘクトルに討たれます。プリセウスがヘクトル兄弟の従姉妹というのは映画だけです。また神話では、パトロクロスはアキレスの幼なじみの親友ということになっています。おそらく従兄弟同士を亡くした者同士の悲しみという設定にしたのでしょう。ちなみに パトロクロスが身につけていた鎧はヘクトルに奪われたので、息子の出陣にあたってティティスはヘパイストス(ティティスに育てられた鍛冶の神、ヴァルカン)に頼んで最高の鎧をつくらせます。アキレウスの死後、この鎧を誰がもらうかでオデュッセウスと大アイアスとの争いとなりますが、結局「知恵は勇気に勝る」ということでオデュッセウスがもらうことになりました(確かにアイアスは思慮深い方ではなかったようです)。映画では、息子への土産に馬の木彫りを作る兵士を目にしたオデュッセウスが木馬の計を思いつき、アキレスも参加します。神話では木馬のエピソードはアキレウスの死後で、それもアテナの入れ知恵だということになっています。
 さて、オリジナルの方ではこのエピソードに印象的な二人の女性が出てきます。まずはヘクトル兄弟の妹カッサンドラ。彼女は映画には登場しません。カッサンドラはアポロンの愛を受け入れる代わりに予知能力を授かりますが、自分へのアポロンの愛がいずれ冷めるということを予知してしまい、アポロンを拒絶します。そこでアポロンは、カッサンドラの予言を誰も信じないようにしてしまいました。ですから彼女が「木馬を城内にいれてはダメ」と言っても誰も信じなかったのです。それから世界史の資料集にヘレニズム美術の傑作として必ず載っている「ラオコーン」も、彼女同様に木馬を入れてはいけないと言った人。神官ラオコーンは、パリスを恨みオデュッセウスに木馬の計をアドバイスした女神アテナの怒りを買って息子ともどもウミヘビに絞め殺されます。映画では、木馬を入れてはいけないと言ったのは、パリスだけでした。
 もう一人はヘクトルの妻アンドロマケです。トロイ陥落の際、映画ではヘクトルから教えてもらった逃げ道を通りトロイを脱出しますが、神話ではヘクトルとの間に生まれた子をアキレウスの息子ネオプトレモスに惨殺され、彼の奴隷となります。その後日談をテーマにしたのが、17世紀フランスの劇作家コルネイユです。教科書には古典主義として出てきますね。この二人の女性については、阿刀田高『ギリシア神話を知っていますか』(新潮文庫)に詳しく述べられています。

 このエピソード全体の神話的な部分を手っ取り早く知るには、里中真智子の『マンガギリシア神話⑦トロイ戦争』(中公文庫)がすぐれています。

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マンガ ギリシア神話〈7〉トロイの木馬

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kicca

映画ネタが多くて、嬉しく思っているのは私だけではあるまいと(*´▽`*) 
先日”新作・旧作1本100円”という文字に目が眩み、1週間という期限を忘れて数十本借りてきてしまったので…私も映画漬けの毎日です。「ロック・ユー」はしっかりとカゴに入れたものの、トロイは最後まで悩んで諦めた一品です。うーん、だけどやっぱり面白そうですね。今度、借りて観てみます!
漫画で歴史を手っとり早く知る、というのは私も賛成です^^ 今、「日出処の天子」を読んでいるのですが少しはわかってきた気が…?だけど、なんだかちょっと恥美な気がしないでもないです(苦笑)
ちなみにルピーはゼルダの伝説シリーズの通貨単位です、はい(笑)
by kicca (2006-07-30 23:09) 

ogapy

またまたお邪魔します。「トロイ」の背景談、興味深く読ませていただきました。不勉強でなるほどそういう人間?神?関係があるのだ…と思ってしまいました。ちなみに自分が勤務する学校では夏休みの課題として世界史に関係する映画を視聴させて、感想文を書くことをしております。探してみると結構世界史と関係する映画って多いんですよね。自分もすべて制覇しているわけではないので今後とも映画ネタ楽しみにしております(漫画ではこの前の「墨攻」は早速オークションで落とし、よみました。面白かったです…)。
by ogapy (2006-07-31 12:06) 

zep

>kiccaさん
 ルピーはゼルダの伝説でしたか。スーパーファミコンでやりました。ソフトは知り合いにあげてしまいましたが。『ロック・ユー』は面白いですよ。2年前と3年前の2年生には授業で見せました。『日出処の天子』は確か外伝的な作品があったような....彼女の作品はけっこう集めましたが、他の作品も耽美ですよ(かなりアブない世界?)。
>ogapy先生
 「夏休みの課題として世界史に関係する映画を視聴させて、感想文を書くこと」、いやぁ、ナイスな課題です(kiccaさんにはピッタリかな?)歴史モノには名作も多いですよね。『十戒』『スパルタカス』『アラビアのロレンス』等々.....たまにはハリウッドの古典的作品を鑑賞するのもいいかもしれません。生徒の感想文の中に面白そうな映画があったら教えてくださいね。
by zep (2006-07-31 19:54) 

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