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陳舜臣『耶律楚材』(上・下)集英社 [歴史関係の本(小説)]

 私はコーエーのPCゲーム「チンギス・ハーン 蒼き狼と白き牝鹿」が好きです。このゲームに登場する将軍に耶律楚材という人物がいます。彼は戦闘力は34とほとんど使い物になりませんが、政治力が最高の100で知謀も93、内政特技は全部○という内政担当としてはこれ以上いない人物。ゲーム中彼に対抗できる内政力を持つのは、政治力94、知謀98を有するフランスのフィリップ2世くらい(フィリップは戦闘力も90ありますが、彼は君主ですから別格ということで)。この耶律楚材を主人公にした小説です。
 耶律楚材は、その姓からわかるように遼の王族ですが、生まれたのは遼滅亡後かなり時間の経過した1190年(遼の滅亡は1125年、実質的には1122年に首都燕京が陥落している)。彼の父は遼を滅ぼした金に仕えた官僚で、楚材も金に仕えた人物でしたが、1215年にモンゴル軍が燕京(北京)を占領した際にチンギス=ハン召し出され、以後第2代オゴタイまで仕えました(オゴタイの死とともに失脚したらしい)。彼の墓は現在北京の頤和園(西太后の避暑地として有名な世界遺産)にあり、清代に建てられた墓碑の文字は清朝第6代高宗乾隆帝の筆によるものです。小説にも登場する楚材の息子の鋳は、元の世祖フビライに仕えています。
 この小説で耶律楚材は、天下万民のために全力を尽くす天才として描かれています。強大な力を有し覇者となりつつあるモンゴルを、単なる武闘集団から文明的な集団に変貌させ、モンゴルの軍事力を平和を維持するために活用しようとしたのが楚材だったというわけです。モンゴル軍の慣習である「屠城」を戒め、文明を守り、人々が人間らしく生きていけるように彼はあらゆる手段を尽くします。集めた情報を分析して事態を予測し、君主にアドバイスして信頼を得て政治の中枢に参画し、また道教の長春真人と語らい、仏教と道教が対立していることを装って論争することで、モンゴルに文化的雰囲気をつくりだそうと腐心します。ちなみに長春真人は、教科書に出てくる全真教の教祖王重陽の高弟で、ゲーム「チンギス・ハーン」には政治力91、戦闘力1、知謀78の将軍として登場します(戦闘力「1」って....)。耶律楚材の活躍もさることながら、モンゴルの諸将たちも生き生きと描かれています。特に第2代オゴタイなどは、親しみやすく描かれていると思います。上下2冊ですが、戦闘中心の上巻、政治中心の下巻といった流れも見事です。 耶律阿海や完顔陳和尚といった、ゲーム「チンギス・ハーン」に出てくる諸将たちが登場するのも、個人的には楽しかったです。私は完顔陳和尚(政治力は36ながら戦闘力95、知謀83)という人物が好きで、配下にはいったら必ず「婿将軍」にします(笑)。ゲームで「宴」に耶律楚材を招くと、「酒を控えるように」との諫言をするイベントがあり、OKを出すと君主の寿命が延びます。これは小説中下巻の182ページに出てくる、酒を控えるようにオゴタイに意見したエピソードをモチーフにしているようです。ゲームの攻略本『ハンドブック』でも、耶律楚材は大きく紹介されています(52ページ)。

 この耶律楚材ですが、以前は浜島書店が発行していた世界史の授業用資料集にもコラムが載っていました。確か、この小説の221ページに出てくる中原政策について述べられていたと記憶しています。この本の帯には、「大モンゴルを支えた名宰相」「チンギス・ハンを覇者にした名宰相伝」「諸葛孔明を超えた男、耶律楚材の生涯」「歴史に新しい偉人を発掘!」といった言葉が踊っていますが、杉山正明氏の彼に対する評価は極めて否定的です[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%B6%E5%BE%8B%E6%A5%9A%E6%9D%90]。『モンゴル帝国の興亡(上)』(講談社現代新書)の中で杉山氏は、「物語やイメージはともかく、現実の耶律楚材は、ややウソでもいいから虚栄の肩書きを好む、少しねじけた人格の持ち主」だと述べています。「愛とやさしさの政治を命を賭して主著した傑物」という描写とはエライ違いです。杉山氏が言う「物語」とは、おそらく陳舜臣氏のこの本のことでしょう。『耶律楚材』の出版が1994年で、一方 杉山氏の『耶律楚材とその時代』(白帝社)『モンゴル帝国の興亡』の出版はいずれも1996年です。「虎の威を借る狐」「傲岸、尊大な態度に引き比べ、実際には哀れを誘うまでに、無力に近かった」という評価等、この小説との落差には驚かされます。「野蛮で無教養の武闘集団モンゴル」を「近代的な集団に変貌」させた、「野蛮なモンゴル人と違って教養がある漢人」という設定が、杉山氏は気に入らなかったのでしょうか?こうした読み比べをするのも、歴史小説の楽しみの一つかも。ちなみにゲームの攻略本『ハンドブック』(98年発行)では、参考文献に杉山氏の『モンゴル帝国の興亡』があげてありますが、耶律楚材については肯定的に紹介されています。

耶律楚材〈上〉草原の夢

耶律楚材〈上〉草原の夢

  • 作者: 陳 舜臣
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1997/05
  • メディア: 文庫


耶律楚材〈下〉無絃の曲

耶律楚材〈下〉無絃の曲

  • 作者: 陳 舜臣
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1997/05
  • メディア: 文庫


耶律楚材とその時代

耶律楚材とその時代

  • 作者: 杉山 正明
  • 出版社/メーカー: 白帝社
  • 発売日: 1996/07
  • メディア: 単行本


モンゴル帝国の興亡〈上〉軍事拡大の時代

モンゴル帝国の興亡〈上〉軍事拡大の時代

  • 作者: 杉山 正明
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1996/05
  • メディア: 新書


モンゴル帝国の興亡〈下〉―世界経営の時代

モンゴル帝国の興亡〈下〉―世界経営の時代

  • 作者: 杉山 正明
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1996/06
  • メディア: 新書


チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿 4 (説明扉付きスリムパッケージ版)

チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿 4 (説明扉付きスリムパッケージ版)

  • 出版社/メーカー: ソースネクスト
  • 発売日: 2005/07/08
  • メディア: ソフトウェア


コーエー定番シリーズ チンギスハーン 蒼き狼と白き牡鹿 IV

コーエー定番シリーズ チンギスハーン 蒼き狼と白き牡鹿 IV

  • 出版社/メーカー: コーエー
  • 発売日: 2003/05/22
  • メディア: ビデオゲーム

チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿4ハンドブック

チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿4ハンドブック

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 光栄
  • 発売日: 1998/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


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