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青木保『異文化理解』(岩波新書) [その他]

 昨日と今日の二日間、熊本県は公立高校の入試でした。社会のテストでは、20世紀のヨーロッパの地図が提示され、古い順に並べよという問題が出題されていました(それをふまえて、国名や国境線が変わった理由を述べさせる、という問題が続く)。同僚の世界史の先生と検討しましたが、日本史関係の2を含めて大問4は実に良問だと感じました。1993年度のセンター追試験(第1問D)で 出題された、4枚の地図から第一次世界大戦後のドイツの国境を示した地図を選ばせる問題と似ています。

 昨日朝、正門から入ったいちばん目立つ場所で、大手塾の腕章をつけた人達が一列に並んで塾生達を激励していました。こうした行動が他の受検生(熊本の公立高校入試は「入学者選抜学力検査」なのでこちらの字を使います)の迷惑になると感じていないのでしょうか?昨年は引率の中学校の先生が傘をさして自転車に乗ってくるし、今年の昼休みには侵入禁止の敷地内に保護者が車を入れて車内で食事させているし(親としての気持ちは理解できないこともないが、他の受検生のことも考えてあげるべきだと思います)、一体どうしてしまったんでしょうね。

 国語の問題では、青木保『異文化理解』(岩波新書)からの出題が目を引きました。引用されていたのは「速い情報と遅い情報」という文章です。全体的に平易な文章なので、これくらい入学前には読んでおいて欲しい本です。
 この『異文化理解』は、世界史の教師にとって色々と考えられる点が多い本です。ボーダーレス化と情報化が進んだ今日、異文化に触れることは現代人にとって避けられない宿命ですが、そのときにどのような対応をとるのがあるべき姿なのか、文化の違いとそれにもとづく衝突は避けられないものなのか、といった点が考察されています。異文化に対する偏見と先入観、そしてステレオタイプ化の危険性を著者は説いていますが、こうした問題が起こることを未然に防ぐことは、地理歴史科という教科、そして世界史という科目の役割の一つだと思います。「文化理解を通じて国際的資質を育成する」ということです(『社会科授業の理論と展開』現代教育社112ページ)。ただ「世界史である必然性」(他科目とどう差別化するか)は、世界史の教師として留意すべき点だとは思いますが。

 以前「私は世界史なんて世の中に絶対必要ないと思っています。ただの暗記科目じゃないですか。あんなのが社会に役立つはずがありません。こんな授業必要ありません。」という書き込みをいただいたことがあります。ということは、今の世界史の授業では「異文化理解」という役割が発揮されていない場合が多いということでしょうね。何らかの学ぶ価値があるんだったら、未履修なんていう問題は起きなかったはずですから。未履修だった理由のほとんどは「大学受験に必要ない」というものでしたが、背景には「世界史は覚えることが多く、受験に不利だから選択しない」という趨勢もあったように思います。高校の世界史教科書の執筆をなさっている大学の先生の中には、予備校・塾の授業(いわゆる進学校の授業もこれに含まれると思うが)を皮肉っている?方もおられるようですが、ここはぜひご自分も未履修問題の一端に関わっているという意識をもっていただきたいと思っている次第。高校現場(特に進学校とよばれている学校)が抱えている問題は、阪大が実施している21世紀COEプログラムの2003年の報告書『シルクロードと世界史』の304ページ「現行の大学入試制度による授業内容の制約」で指摘されている通りだと感じます。高校現場における解決方法を問われると返答に困りますが、まず改革の第一歩として、以前も書いたとおり世界史の必修を即刻廃止して欲しいと思います。国際的資質の育成や異文化理解は、他の教科・科目でも可能なのではないでしょうか。それがダメならセンター試験で世界史を受験者全員必修にするか(高校で全員必修なのですから、問題ないと思います)、受験から世界史そのものをなくして欲しいと思います。
 ウチの学校では二年生で全員世界史が必修ですが、年々授業が難しくなっています。昨年は二年生の世界史を担当しなかったので不明ですが、3年ほど前だったら試験に関係なくとも興味を持って聞いてくれたルネサンス芸術の解説(「春」や「最後の審判」[http://www.ntv.co.jp/roma/]や「アテネの学堂」[http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/]にまつわるエピソードなど)にも興味を示さない生徒が格段に増えています。自分の興味に合わせた選択をさせるのが一番いいように思うのですが。

異文化理解

異文化理解

  • 作者: 青木 保
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2001/07
  • メディア: 新書


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コメント 4

aia

昨今の教育論では、暗記主体の詰め込み教育が悪いみたいに言われているようですが、私は必ずしもそうではないと思います。知識はその人が教養を培っていく上での基盤となるわけですから。

ヨーロッパに住んで、フランス文学を勉強していてつくづく思うのは、高校のとき世界史選択にしてよかったなということです。私が世界史を勉強していたのは、もう十年以上前のことなので、それほどはっきりは覚えていないのですが、それでも役に立っています。

それに、観光も歴史を知ってると楽しいですしね。
このあいだ、うちの近所をバスで走っていた時に、写真でしか見たことがなかったパリ最古の壁といわれる壁を見つけ、一人で興奮してしまいました。

街の風景だって、知識があるかないかでずいぶん変わります。知識は人生を豊かにしてくれると思うんですが…。
by aia (2007-03-09 04:17) 

zep

おっしゃる通り、海外旅行で歴史的な建造物を見るときにも、それに関する知識(どれくらい前にどんな目的で建てられたのかくらいでも)があればずっと楽しめると思うんですがねぇ。授業で使う資料集など、下手なガイドブックよりも数十倍役立つと思っているのですけど。知識は思考の前提だと思っている私は、現在の趨勢からはどうも「守旧派」と思われているようです(笑)。aiaさんには、ぜひ特別講師として来ていただきたいくらい。
by zep (2007-03-09 20:43) 

aia

ちょっと間違っていたので訂正です。

「最古の壁」ではなく、フィリップ・オーギュストの城壁の名残で、一番有名(パリの中に数ヶ所あるようです)な城壁の間違えでした。すみません。

山川の用語集と高校の授業で使った資料集&年表は、留学必携の書です(笑)。重宝しています。
by aia (2007-03-09 21:40) 

zep

たとえば「フィリップ・オーギュストの壁」という言葉を、単なる「記号」ではなく「意味をもった言葉」としてとらえることは、知識があって初めて可能なことだと思います。それが教科書にでてきたフィリップ2世だ、という具合に自分の知識とつながったときには小さな喜びをも感じることができるような気さえします。ここで紹介した『異文化理解』という本には、「異文化は、それに対する憧れや好奇心を媒介にして、社会や個人にある種の活力を与える」ということが書かれていますが、aiaさんがおっっしゃっていること(なさっていること=パリでの勉強)は、その実例かもしれないなぁと思っている次第。
by zep (2007-03-09 22:12) 

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