佐藤賢一『オクシタニア』(集英社) [歴史関係の本(小説)]
これまでにも何度か紹介した、一橋大学の世界史で1993年に出題された問題。
教皇権が絶頂に達したのは、第4回十字軍をおこした教皇の時代といわれる。この教皇は東方だけでなく、ヨーロッパの内部にも十字軍を送っている。いわゆる異端討伐の十字軍である。これは、宗教と政治の双方においてともに重大な歴史的結果を生みだした。この十字軍の名称とそれを最初に主唱した教皇名を明らかにしつつ、その過程と結果を下記の語を用いて説明せよ。(400字)
カタリ派 ドミニコ修道会 ルイ9世
この問題で問われているアルビジョワ十字軍を題材にしたのが、この作品。原稿用紙にして1800枚という超大作で、読むのにかなり時間がかかるものの、これも面白い作品。時代背景についての知識がなくても楽しめるけど、上の問題を解いた後に読むと、ドミニコ会が果たした役割など、より楽しめるかも。前半の3章に比べると、男女の愛憎を中心とした後半3章は少々ダレ気味な部分もあります(特にラモン7世の「夢」の部分などは冗長な感じもしましたが、これは最後で必要な話だったことが分かります)。「大人の恋愛小説」として読むのもアリ。巻末の参考文献を見る限り、この作品もかなり詳細な取材の結果のようです。
(以下、「トゥルヴァドール」という表記が誤りだということがご指摘により分かりましたので、「トルバドール」にあらためました。2008.0303」)
一橋の問題にある「政治における重大な歴史的結果」を簡単に言うと、現在の南フランスがフランスに組み込まれたということです。北の西岸海洋性気候に対して地中海性気候であり、かつては言語も北のオイル語に対して南のオック語という風に違っていました。タイトルの『オクシタニア』とは「オック語の地域(ラングドック)」の意。
中世の南フランスというと、吟遊詩人トルバドール(「見出す人」の意味)が活躍した地域。11世紀末ころからポワティエ(当時のアキテーヌ公領)を中心に広がり、トロサ(トゥールーズ)やカルカソンヌ(山川の『世界史写真集』には、上空から撮った写真があります)など『オクシタニア』に出てくる都市などでも多くのトルバドールが活躍をした記録が残っています。山川の『世界史B用語集』で「吟遊詩人」の項目を見ると「フランスのトルバドール」とありますが、浜島書店の『新詳世界史図説』では吟遊詩人の説明にある「南フランスではトルバドール」の方が正しい。北フランスではトゥルヴェールといいます(オイル語とオック語の違い)。当然ながらトルバドールはオック語、トゥルヴェールはオイル語で歌われますが、トルバドールはアルビジョワ十字軍により衰退し、13世紀のなかばにはほぼ衰退してしましまいました。これに対してトゥルヴェールの活躍は遅れて12世紀後半からパリを中心に活発となり、13世紀にかけて隆盛を迎えます。
トルバドールが歌うのは、ほとんどが愛の歌。南仏ではなく北のトゥルヴェールの曲ですが、コノン・ドベチューヌ(1160?~1220?)の「あまりにも愛したために」が、この作品に合いそうな気がします。
ワン・ヴォイス ~中世トルバドゥール、トルヴェールの愛の歌 ~
- アーティスト: ボット(キャサリン), ボルネイユ, モー, リュデル, ブリュレ, バタール, ベンタドルン
- 出版社/メーカー: ユニバーサルクラシック
- 発売日: 1997/01/25
- メディア: CD
- アーティスト: ヒリアー(ポール), ヒドリー(エレン), ローレンス=キング(アンドリュー), スタッブス(スティーブン), プロエンサ
- 出版社/メーカー: ユニバーサルクラシック
- 発売日: 1993/05/26
- メディア: CD
トルヴァドールが正しいとされた根拠はなんですか?フランス語でも英語でもtroubadour と書きます 日本語ではトルバドゥールもしくはトルバドールが普通です 寡聞にしてトルヴァドールと書かれたものは見たことがありませんでした ちなみにオック語では trobador と表記しました
by はぎ (2008-03-03 02:45)
ご指摘ありがとうございました。「トルバドゥール」が正しいのですね。勉強不足でした。
by zep (2008-03-03 19:33)