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井野瀬久惠『「受験世界史」の忘れもの』(PHP文庫) [歴史関係の本(小説以外)]

好評の講談社「興亡の世界史」の中で、『大英帝国の経験』というかなりひかれるタイトルを著しているのが、井野瀬久美惠先生。井野瀬先生の本でまず手に取ってみたのが、この本。もちろんタイトルにひかれてのこと。

 読む前は受験世界史への批判の書か、と思ったのですがそうではなく(批判めいた箇所もありますが)、教科書では語られない部分を解説した本。といっても「こぼれ話の集大成」ではなく(採録されているエピソードも面白いけど)、「ホントはこうなんだよ」ということが読みやすくまとめられた好著。読みやすさの理由は、もともとベネッセが発行していた受験雑誌に連載されていたものをまとめたものだという点にもあるでしょうが、著者のイケてる語り口にもあると思います(個人的には、「ブログにおける」小田中直樹先生に通じる部分も感じますが)。今読むと、「ねるとん紅鯨団」とか書かれた時代を感じさせる記述がちょっと微笑ましい。

 全部で14の章から構成されていますが、特に面白かったのは「始皇帝の映画村」「国王殺しか、革命か?」。後者は著者の専門分野だけにかなり面白い。「イギリス革命とは、地主の内輪もめ」という指摘は目からウロコでありました。88年の東大の問題「イギリス革命(ピューリタン革命および名誉革命)とフランス革命に関し、革命を引き起こした原因と、革命が目指した目標とについて両革命を比較し、それぞれの革命の特色を述べよ。」の参考になるかも。その他、古代人と中世人とを古典に対する姿勢で説明する部分も面白い。早速ルネサンスの授業で使わせてもらいましょう。

 かなり前ですが、山川の『歴史と地理』の特集で、ヨーロッパ中世の教会と国家との関係を男女関係に例えて説明するという話が載ってましたが、例え・比喩というのは有効な説明方法だと思います。我々も実はイメージがわかないことがしばしばですから。

 それにしても、マルクスとエンゲルスのエピソードにはオドロキ。大江一道『物語世界史への旅』(山川出版社)の中でエンゲルスは「心優しい社会主義者」と評されていますが、この優しさは尋常ではない(笑)。そう言えば、山川の参考書『詳説世界史研究』にはマルクスの妻イェンニーに関するコラムがありました。

「受験世界史に批判めいた部分もある」と書きましたが、いわゆる「受験世界史」を否定しているわけではありません。著者のスタンスとしては「仕方がない」というところでしょうか?そもそもこの本のおもしろさは、あるていど受験世界史で培われた知識がないと面白くない。その意味で、われわれ高校世界史の教師に対する「支援の書」ととらえていいような気がします。

 ところで「受験世界史」はなぜ嫌われるのかというと、この本にも書かれてますが「白黒はっきりしている」からでしょうね。著者の言う「無慈悲な制約」がなぜおこるのかというと、小田中先生の『歴史学って何だ?』に書いてあるように、それじゃ教科書が書けないから(笑)。 

「受験世界史」の忘れもの

「受験世界史」の忘れもの

  • 作者: 井野瀬 久美恵
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 1994/03
  • メディア: 文庫


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コメント 4

半兵衛

いつも楽しく拝読させていただいてます。ご紹介されていた「受験世界史」の忘れものは、コンパクトなのに含蓄のある本ですよね。
私もこれを機に再読してみたいと思います。
さて、先生が書かれている「山川の『歴史と地理』の特集で、ヨーロッパ中世の教会と国家との関係を男女関係に例えて説明するという話」は非常に
興味深いですし、このたとえ話は実際に授業に使えそうだと思います。
いつか、ブログで先生のお考えも含めた「ヨーロッパ中世の教会と国家と 男女関係論」を書いていただくと大変嬉しいです。
P.S もしお分かりになれば、山川の『歴史と地理』の何年何月号かを
   ご教授いただけると有り難いのですが・・・・。
by 半兵衛 (2008-02-07 11:22) 

zep

半兵衛先生、はじめまして。この本、面白いですよね。アマゾンで1円って、こんなに安くていいのか?『歴史と地理』は、私が教師になってすぐでしたから、平成元年から平成3年くらいだと思います。今度実家に帰って探してみますね。概略、「自分を守ってくれる相手を探していた女性(ローマ教会)は、力を持ってる男性(カロリング家)に接近、結婚に至る。ところが先に死なれたので新しい相手を探したところ、また守ってくれそうな相手(オットー1世)をみつけて再婚......その後不仲になって(叙任権闘争)」みたいな話だったと思います。話し方によっては、なんかクレームがつきそうな気がしないでもないですが(笑)。ところで半兵衛先生、『ブレードランナー』お好きなんですか?私大好きです。国内版5枚組DVDに米国版おまけ付きアタッシュケース入りDVD5枚組ボックス、ヴァンゲリスの3枚組CDまで買いました(笑)。米国版は、送料入れても7000円。おまけ無し国内版の約半額って......円高とはいうももの、この価格差はあんまりでしょう。
by zep (2008-02-07 19:34) 

半兵衛

zep先生
早速、ご教授いただき感謝感激です。
教会と国家の例え話は、分かりやすい例なので、早速自分の授業に使わせてもらいます。
このような頭にストンと入る例え話をどれだけ持っているか、というのも地歴の教員にとって不可欠な蓄積なのだと思います。
まだ講師経験を含めても3年の私はそれが全然足りないんですよね。
そのような意味で、碩学のzep先生からは今後ともご教授願いたいと自分勝手に思っております。
さて「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の話ですが、先生のようなブレラン・マニアではありません(苦笑)。でも自分の中ではベスト3に入る傑作です。
先生の言われるように、ヴァンゲリスのサントラも最高!!。えっ、でも3枚組なんてあるんですか(驚)・・・・・。羨ましい。
R・スコットの「1492コロンブス」と「グラディエーター」は生徒に時々見せるのですが、歴史物の映画の中では、反応が良い方ですよね。そういう面でもお世話になってます。
また、両作品ともサントラがいいんですよね。iPodで良く聞いてます。
ご存じとは思いますが、スコットの「アメリカン・ギャングスター」も封切られましたし、こちらも楽しみですねえ。それでは、良い週末を・・・。

P.Sそれにしてもスコットはラッセルクロウが好きですね。お互い変わり者
  同士で気が合うのかも。
by 半兵衛 (2008-02-08 18:42) 

zep

「碩学」と言われてうれしいやら、恥ずかしいやら......。山川の『歴史と地理』とか、帝国の『世界史のしおり』などは、授業作りの上で参考になりますよね。理想主義的?な実践集より、我々にとってはずっと有益だと思います。私がモノ教材を初めて意識したのも、『歴史と地理』の特集でした。『ブレードランナー』のサントラ3枚組は、DVDボックスの発売にあわせて、アメリカでリリースされたものです。日本で買うと3千円くらいでしょう。「アメリカン・ギャングスター」のことは知りませんでした。面白そうですね。「例え話」は、下世話なほどインパクトが大きい.....ような気がします(笑)。いずれにせよ、「説明」が大きなウェイトを占める我々の授業にとっては、有効な手法だと思います。『歴史と地理』の特集が見つかったら、また紹介したいと思います。
by zep (2008-02-09 18:48) 

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