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『英語で読む高校世界史』(講談社) [歴史関係の本(小説以外)]

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 東京書籍の教科書『世界史B』を全文英訳したという画期的な本。底本は「2012年版」とあるが、これは平成24年に文科省の検定をパスしたという意味で、「世B301」という番号の教科書のことである。この本の良い点としては、以下の点が挙げられる。
 (1)底本が検定をパスした教科書なので、記述内容に対する信頼性が高い。
 (2)巻末には日本語の索引がついている。
 (3)本文中の歴史用語に対しては、青字で日本語のルビがふってある。
 (4)記述されている英文のレベルが難しすぎず、高校生の英語力でも十分理解可能である。

 (2)は、重要。山川の『世界史用語集』や『世界史小辞典』(『用語集』も『英語で読む高校世界史』も参考文献としてあげているのが『世界史小辞典』)にも、英語での表記が併記されているものの、一部にとどまっている。「主権国家体制」とは英語で何というのか?という基本的な疑問はもとより、「鎖国」「朱印船貿易」といった用語の英訳は、なるほどと思わせる。それぞれ「national isolation policy」「shogunate-licensed trade」と訳されており、時代など細かな説明は付け加えなければならないが、外国の人に説明する際には十分使える。日本史の先生に見せたところ、「これは画期的!」とおっしゃっていた。(4)についても大切なことで、一緒にこの本を購入した英語の先生も高く評価していた。
 ネットで注文したのだが、在庫切れでメーカー取り寄せとの連絡が来た。届いた本の奥付には、1刷が4月3日付、2刷は同月26日となっているので、好評なのだろう。

 
 教科書、ということに関して、ツイッター上で興味深いやりとりを見た。

①「未だに「高校で世界史やらなかったんで…」みたいなこと言ってくる学生さん、結構な割合でいるからね。必修科目だよ… 彼ら彼女らが悪いのではなく、高校側の責任よ。だってそれを前提に、授業を設計してるわけだからな。もっともやったからといって覚えているとは限らんのだが…」
これに対して
②「次期学習指導要領で世界史が必修で無くなるのは深刻な問題で、新必修科目の歴史総合は近現代中心になるようだから、学生がギリシャローマも宗教改革も知らないことを前提に授業をしないといけなくなる。もちろん今の40代以上は世界史必修ではなかったけど、その頃とは大学進学率がちがう。 」
さらにこれに対して
③「世界史必修の今だって、最初から最後まで全部やれということではなく、世界史のどこをやるかは教師の任意の部分が大きいから、学生がギリシア・ローマや宗教改革を知らないことを前提にしなきゃいけないんじゃ…」

という流れ。
①について言うと、「何言ってるの?」レベル。確かに世界史は「必修科目だよ」。しかし熊本県の場合、進学校の文系生徒でも世界史はA科目だけで卒業要件はクリアーできる。熊本高校勤務時代、世界史Aだけの履修で一橋大などに進学する生徒は少なくなかった。「それを前提に、授業を設計してるわけだからな」という発言の「それ」の内容がイマイチ不明なのだが、古代アテネにおける民主政治の成立過程などであれば明らかにA科目の内容を逸脱している。もし世界史Aしか履修していなにもかかわらず、ペリクレスとか知っていたら不適切履修の可能性もありえるし、大学の教員のこうした発言を読むと、大学が不適切履修を奨励しているようにも思える。世界史未履修問題とか、大学の先生たちにとっては所詮他人事だったのだろう。何年か前、日本西洋史学会で新潟まで行ったことは、無駄だったのかねぇ。

②についても基本的には同じレベルの話で、「新必修科目の歴史総合は近現代中心になる」って、じゃあ今の世界史Aはどうなのよ?って思ってしまう。ベネッセがやってる進研模試の「世界史B」は、2年生11月に実施する学力テストから「古代から先に学習している人」向けの問題と、「近現代から先に学習している人」向けの問題の2つのパターンが準備されている。後者は大航海時代・ルネサンス・宗教改革以降から出題されており、出題レベル的に「世界史B」の模試ではあるものの、明らかに「世界史Aの履修者」を念頭に置いた問題である。このことからも「現行の世界史Aも近現代中心」であることは明らかだろう。かつて多くの高校で使用されていた山川出版社の『世界史A読本』が大航海時代の前で終わっていることは、「世界史Aではヨーロッパ中世や中国の明清、アジアのムガル帝国やオスマン朝以前についてはほとんど扱わない」ことを逆に示している。また「学生がギリシャローマも宗教改革も知らないことを前提に授業をしないといけなくなる」という点については、「どのレベルまで」という点が不明だが、かつての「(AもBもなかった頃の)世界史」レベルを要求しているのであれば、「ギリシャローマも知らない」ことを前提に授業を設計することは、すでに当たり前のこと。昨年までウチで使ってた教科書「世界史A」(東京書籍・世A301)は、古代ギリシア・ローマに関する「古代地中海世界」は見開き2㌻各11行で計22行。スパルタもペリクレスもマルクス=アウレリウス帝もコンスタンティヌス帝も出てこない。が、宗教改革は中学校社会「歴史分野」で出てくる。たまたまウチの子が中学校の教育実習のために帰省しており、中学校社会の歴史分野の教科書を見てみたが、宗教改革は意外に詳しい。大学の先生方は、中学校の教科書を読んだことないのか???

③も基本的に②と同じだが、「世界史必修の今だって、最初から最後まで全部やれということではなく、世界史のどこをやるかは教師の任意の部分が大きい」については、「全部やる」のが原則。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr160923.html
この学校の場合は「世界史Aの看板でBをやった」という完全アウトの話だが、都教委の発表を読むと、「全部やらなかった」ことが問題だという風に読める。

 高校の教員は入試問題や入学直後の新入生学力テストの問題を作らなければならないため、中学校の教科書を読まざるを得ない。かつて熊本県で2月に実施された前期選抜の問題で、「2月初旬には中学校でまだ教えていないはずの内容が出題されている」と問題になり、当該の問題を採点対象から外したことがあった。熊本県の場合、入試の答案用紙も開示請求の対象であるから、一切手抜きは出来ない。大学の先生方も、高校の教科書くらい読んではどうか。もちろん注文をいただくことは大切なことだし、われわれ高校の教師も真摯に受け止めなければならない点も多々あるだろう。しかし現状では反発しか感じないし、「高大連携」とか言っても、一部で盛り上がっているだけのような気もしてくる。まだ姿形すら見えない「歴史総合」だが、「世界史A」と同じ運命をたどるのではないかと危惧している。


★2017年6月21日追記
 上記①のツィートをしていた大学の先生に直接コンタクトをとり、色々とお話しをうかがったところ、私の認識が誤りであったことがわかった。学生が「習ってない」のは、市民革命や産業革命だということである。これは明らかに世界史Aで履修する内容。中学校でもある程度は学ぶ内容だけにそれはそれで問題なのだが、こうした実情は高大で認識を共有しないといけないと改めて感じた次第。確認怠っての一方的な物言いにもかかわらず、丁寧な対応をいただいた。お詫びとお礼を申し上げます。



英語で読む高校世界史 Japanese high school textbook of the WORLD HISTORY

英語で読む高校世界史 Japanese high school textbook of the WORLD HISTORY

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/04/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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