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桃木至朗 監修/藤村泰夫・岩下哲典 編『地域から考える世界史~日本と世界を結ぶ』 [歴史関係の本(小説以外)]

 高校の世界史は、「何でもあり」である。文化史では理系の学問も扱うので、理系の知識があるに越したことはない。「17~18世紀のヨーロッパ文化」の項目で、気体力学のボイルという科学者の名が出てくる。十数年前、愛媛県の伊方原発の見学に行った際、途中立ち寄った(たぶん)道の駅で不思議な水槽を見た。水槽本体からお椀を半分に切った形状の飛び出しがあり、魚が泳いでいる。魚に触れようと思えば、触れることができる。ところが蓋ははないのにその部分から水が溢れてこない。なぜ?と私が首をひねっていると、ある先生が「ボイルの法則」で空気の圧力が蓋代わりになっていることを教えてくれた。それ以来、授業ではこのエピソードでボイルの法則を説明している。

 自分が書いた文章が掲載されている本で恐縮だが、高校世界史の「何でもあり」感を、いい意味で示しているのがこの本だと自負している。貧困や自然災害といった現代社会が直面している問題から、「こんな授業をやってみた」という実践まで内容は多岐にわたるが、いずれも「いま自分が住んでいる身近な空間と、世界史のつながりを考察することで、多文化共生社会を実現したい」という共通意識は読者の方々に伝わると感じている。特に第3章の4論考は、教科としての世界史が直面してる諸課題を明快に示している。執筆陣は大先輩から私よりも10歳以上若い先生まで幅広いが、それぞれに示唆に富む内容だ。中でも柳原伸洋先生の「インターネット時代の世界史」は、われわれ世界史教師がインターネットとどう向き合うかという問題を提起しており、実に興味深い。先日も国語の先生が、ネットから拾ってきた古典の訳を書いて提出した生徒を怒鳴りつけていたが、正直私はその生徒に感心したものである。また篠塚明彦先生の「世界史未履修問題に見る世界史教育の現実」は、大学や大学院で開発された授業が、実際の現場ではほとんど関心を持たれていないのはなぜか?という問いに答える論考。先日ある首都圏の大学の歴史の先生からは、「前近代しか習っていないという学生は多い」という話を聞いた。世界史Aの看板で、世界史Bをやってる学校はまだまだ多いようだ。「のど元過ぎれば云々」の現状と背景もよく示されている。
 大規模校でも世界史担当の教員は2人程度だと思われる。なかなか授業や教科教育について語り合う機会はないだろう。原田智仁先生は本書で「世界史は滅亡前のオスマン帝国のような瀕死の病人」と表現しているが、確かに高校世界史はとくに進学校(最近は「自称進学校」という不愉快な言葉を教師自ら使っているが)で不良債権化しつつある。そうした状況下で、何のために世界史の授業をやるのかを再考する機会として、本書を読み込んでいきたい。


 
【目次】
監修者はしがき 桃木至朗
序言 藤村泰夫
【特別寄稿】グローバル社会に求められる世界史 出口治明

第1章 中高生による地域再発見
・ダブルプリズナーの記憶―生徒に受け継がれる「思考の連鎖」― 野村泰介
・戦争遺跡・亀島山地下工場の掘りおこし―「地域」と「民族」の発見― 難波達興
・アフガニスタンから山口へ―尾崎三雄氏の事例から― 鈴木均
・「山口から考える中東・イスラーム」高校生プロジェクト 磯部賢治
・「青少年近代史セミナ-」の意義―世界史をどこまで実感するか― 川上哲正
・地域の歴史から日中交流へ―熊本県荒尾市における宮崎滔天兄弟顕彰事業の取組― 山田雄三・山田良介

第2章 多様な地域と多様な「教室」
・日本海は地中海か?―網野善彦から託された海がつなぐ歴史・文化の学び― 竹田和夫
・ムスリムに貼られた「レッテル」の再考―東京ジャーミイを事例として― 松本高明
・ALTを通して学ぶ世界史 百々稔
・日米双方の教科書を用いて学ぶ戦後史―アメラジアンの子どもたちとともに― 北上田・源世界遺産から考える地域と世界史 祐岡武志
・博物館と歴史研究をつなぐ 赤澤明
・地域における歴史的観光資源の開発と活用―観光系大学学部ゼミナールでの教育実践からの考察― 岩下哲典

第3章 世界史教育の現在と未来
・二一世紀の世界史学習の在り方―自主的な世界史像の形成をめざして― 二谷貞夫
・世界史未履修問題に見る世界史教育の現実 篠塚明彦
・社会知・実践知としての世界史をもとめて 原田智仁
・インターネット時代の世界史―その問題性と可能性― 柳原伸洋

第4章 地域から多文化共生社会を考える
・多文化共生社会をつくる―「地域から世界が見える」― 三浦知人
・地域における多文化共生と世界史教育―熊本県における事例から― 平井英徳
・塾「寺子屋」の可能性―横浜華僑華人子弟の教育― 符順和
・在日外国人生徒交流会の成果と課題 吉水公一

第5章 現代社会が抱える問題に向き合う
・地元志向と歴史感覚―内閉化に抗う歴史教育― 土井隆義
・世界史のなかの貧困問題―「貧困の語り」をとらえる 中西新太郎
・日本人の聖地伊勢神宮から考える世界史―自然と歴史の相関関係 深草正博
・災害と人類の歴史 平川新
・ヒロシマ・ナガサキからイラク・フクシマへ―核の脅威を考える― 井ノ口貴史

終論 桜井祥行
あとがき 原田智仁




地域から考える世界史―日本と世界を結ぶ

地域から考える世界史―日本と世界を結ぶ

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 勉誠出版
  • 発売日: 2017/10/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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