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「近代化と私たち」の授業 [授業研究・分析]

 新しい学習指導要領によれば、新科目「歴史総合」は①歴史の扉、②近代化と私たち、③国際秩序の変化や大衆化と私たち、④グローバル化と私たち、の4部構成となっている。「近代化」「大衆化」「グローバル化」といった「近現代の歴史の変化」の内容や意義・特色などを理解したうえで、「調べまとめる技能」を身につけ、「多面的・多角的に考察」し、さらに「考察、構想したことを効果的に説明したり、それらを基に議論したりする力」や「よりよい社会の実現を視野に課題を主体的に追究、解決しようとする態度」まで身につけさせなければならない。何とも盛りだくさんの内容である。

 4つの大項目のうち「近代化と私たち」は、(1) 近代化への問い、(2) 結び付く世界と日本の開国、 (3) 国民国家と明治維新、(4) 近代化と現代的な諸課題の4つの中項目から構成されている。4つの中項目のうち「近代化への問い」では、「交通と貿易、産業と人口、権利意識と政治参加や国民の義務、学校教育、労働と家族、移民などに関する資料を活用し、課題を追究したり解決したりする活動を通して、次の事項を身に付けることができるよう指導する。」となっており、同解説では「交通と貿易」、「産業と人口」、「権利意識と政治参加や国民の義務」、「学校教育」、「労働と家族」、「移民」それぞれについて活用が想定される資料が例示されている。たとえば「交通と貿易を取り上げた場合は、例えば、教師が、貿易額や貿易品目の推移を示す資料、鉄道の敷設距離の推移や航路の拡大と所要日数の推移を示す資料、工場数の推移を示す資料などを提示し、鉄道や蒸気船の急速な普及の理由、貿易によって豊かになった国々の特徴など、生徒が歴史的な見方・考え方を働かせて資料を読み解くことができるように指導を工夫する。」とあるのだが、こうした資料を教師が個人で集めることは不可能であろう。少なくとも学習指導要領解説に例示してある資料は、教科書や資料集などに例示してもらわないと困る。山口県の藤村泰夫先生は、「近代化と私たち」の「結び付く世界と日本の開国」で「綿織物から考える日本と世界」というテーマの授業を提案されているが(平成30年7月開催の高大連携歴史教育研究会・第4回大会)、ほとんどの資料集に掲載されている貿易グラフを除いても、かなり多くの資料を準備されている。

 藤村先生の授業案で面白かったのは、同じく「近代化と私たち」の第一時間目「近代化への問い」の授業プランである。「私たちの生活の中に見る近代化」をテーマに、
起床から就寝までの1日の生活の中で、近代以降生まれたものを前近代の生活と比較しながら考えさせるという授業である。具体的には、目覚まし時計による起床、朝食、衣服、通勤と通学手段、労働と学校、スポーツとクラブ、余暇、近代家族などである。変化を明確にするためには、変わる前と後両方を比べなければならない。あまりに昔と比較しても意味はないので、東京エレクトロンのCM(百年後の日本)をネタに「100年前にはなかったもの」くらいの比較が妥当ではないだろうか。

 藤村先生の「私たちの生活の中に見る近代化」の授業プランを見ていてふと思ったことは、近代になって時間に対する考え方が変化したのではないかということ。これは現行の世界史Aの産業革命あたりでもやれそうだ。

 工業化で機械時計が普及し、時刻が共有化されると、職住分離にともない労働者は工場へ働きに出るため就業時間を守り、公共交通機関も時間通りの運行を求められる。一方で、遅刻の元凶となる酒が敵視され、wikipediaによればイギリスの大手旅行代理店トーマス・クック・グループの「設立者のトーマス・クックはプロテスタントの一派であるバプティスト派の伝道師で、禁酒運動に打ち込んでいた。1841年に開催された禁酒運動の大会に、信徒を数多く送り込むため、列車の切符の一括手配を考えだし、当時高価だった鉄道を割安料金で乗れるようにした。これをきっかけに一般の団体旅行を扱い始めた。」と。時計メーカーのセイコーによるウェブサイトにある、「機械式時計の発達」「初期資本主義の成立」も織り交ぜて使えそうだ。
https://museum.seiko.co.jp/knowledge/relation/relation_03/index.html#addOtherPageAnc03

世界史Aのセンター試験にも使えそうな問題がある。

19世紀後半~20世紀初頭の西欧の家庭や家族について述べた文として最も適当なものを、次の ①~④のうちから一つ選べ。
 ① 庶民階級の子供は、学校教育の対象とはされず、読み書きは専ら家庭で教えられていた。
 ② 中産階級の家庭では、夫婦共働きが理想の家庭と考えられるようになった。
 ③ 家庭は、消費と精神的なやすらぎの場から、生産と消費の場へと変化した。
 ④ 中産階級の家庭では、結婚後の女性が家事や育児に専念する傾向が強まった。
                   (1998年度 本試験 世界史A 第2問C )

次の絵aは、1851年にヨーロッパのある都市で開かれた催しの会場を、絵bは、そこに集まった見物客を描いたものである。これらの絵について述べた文として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① この催しには、鉄道を利用してやってきた見物客も多かった。
② この催しには、自動車を利用してやってきた見物客も多かった。
③ この催しは、パリで開かれた第一回万国博覧会である。
④ この催しは、ベルリンで開かれた第一回万国博覧会である。
(1998年度 本試験 世界史A 第2問C )

鉄道旅行について述べた次の文の空欄( ア )と( イ )に入れる都市の名と行事の名の組合せとして正しいものを、以下の①~④のうちから一つ選べ。
トマス=クックは、1840年代から鉄道を利用した団体旅行を企画・実施し始め、1851年に( ア )で開催された( イ )にも格安で団体旅行客を送り込んだ。
①ア―パ リ      イ―第1回万国博覧会
②ア―パ リ      イ―第2回万国博覧会
③ア―ロンドン     イ―第1回万国博覧会
④ア―ロンドン     イ―第2回万国博覧会
(2004年度 本試験 世界史A 第2問 A )

 ....という話しをMLで行っていたところ、近代における余暇~レジャーの変化をテーマに、した授業を教えてもらった。著者は愛知県の磯谷正行先生で、産業革命以降、民衆が「規律化(勤勉化)」されて資本家の提供する娯楽を享受するようになった、という変化を授業化したものである。近代以前の娯楽は野蛮であり、労働生産性にマイナスに作用していたのである。トーマス・クックと禁酒法の関係も、この視点から見ると大変興味深い。磯谷先生の授業プランは『歴史と地理』447号(1992年11月)に掲載されている。なお磯谷先生のこの授業は、1992年に開催された全国社会科教育学界(全社学:広島大学系)と日本社会科教育学会(日社学:筑波大系)の合同研究大会で発表されたものである。昔は両学会合同の研究大会などやっていたのか....とちょっとビックリ。

 山川出版社の教科書『新世界史』第Ⅳ部「近代」の冒頭の解説で、近代とは、「現在に近い時代」ではなく、「まとまった一つの時代」であると指摘されている。近代は人々が「進歩」を追求し、技術革新や国民国家、自由主義を実現しようとした時代である、と。その結果さまざまな諸問題もひきおこしたのであるが、この前書きの最後は含蓄に富んでおり、「歴史総合」全体に関わるような提言だと思う。筆者はおそらく小田中直樹先生であろう。

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