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玉木俊明『近代ヨーロッパの形成~商人と国家の近代世界システム』(創元社) [歴史関係の本(小説以外)]

 ツィッターに「歴史bot」( https://twitter.com/history_theory/)というアカウントがある。歴史関係の本の一部をそのまま呟くアカウントだが、なかなか面白い。そのツィートで見つけたのがこの本。序章と第一章における研究成果の整理と批判的検討は、読み物としても大変面白い。最初に面白かったのは、ツィッターでも紹介されていた以下の2点(37㌻)。
 ・産業革命は、それまで劣勢であったヨーロッパ経済がアジア経済に追いつき追い越す過程だともいえ、それはエネルギー源を生物由来の有機エネルギーから無機エネルギーへと転換することによって可能となった。
 ・欧米と日本とでは、歴史教育をめぐる状況がかなり異なる。
 
 次にウォーラーステインの世界システム論に関する検討も興味深い。現在ウチの学校で使っている教科書『世界史A』(実教)には、「国際分業体制」というコラムで世界システム論の解説があり、資料集『グローバルワイド最新世界史図説図表』(第一学習社)でも「近代世界システムの形成」という特集ページがあり、(『グローバルワイド』には「妥当性について疑問を呈する意見もある」という記述もあるが)なおウォーラーステインの世界史システム論はなお大きな影響力を持っている。しかし本書によれば、ウォーラーステインの近代世界システム論はヨーロッパではあまり人気がなく、グローバルヒストリアンの中には反ウォーラーステインの論者もいるという。その上でグローバルヒストリーに欠けている従属理論の視点、一方近代世界システム論に欠けている産業革命を考慮しつつ、商人ネットワークによる情報の重要性に対する指摘はなかなか興味深い。

 進学希望者向けの課外授業ならともかく、歴史理論を高校世界史の日常の授業で扱うことはまずない。しかし「大きなストーリー」が頭にあれば、個別具体的な場面を授業で扱うときにも、知らない場合に比べて自分なりに強調したり分かりやすく説明できたりするように感じる。とりわけ第4章には色々と面白い視点が並んでいた。主権国家に税金という視点がはいれば「領土は主権が国民に対して税金を課すことができる範囲」と、主体・対象・範囲で説明することもできる。戦争の重要性にしても然り。教科書的にはウェストファリア条約で主権国家体制が確立したと言われるが、スイスが永世中立国となったことからわかるように、これは戦争を前提とした体制でもある。18世紀にはいって七年戦争などヨーロッパ外での戦争が増えるとともに戦費は増加する一方で、国家財政に占める戦費の割合は増加の一途をたどる。こうした戦争を可能としたのが商人のネットワークを通じた資金の流れであり、また戦争によって国民意識は高まり、フィクションとしての国民国家が形成されていく、と。商人ネットワークの視点があれば、「最も利益を得たのはスペイン人の砂糖プランダーではなく、なぜイギリス商人だったのか」が説明できるような気がする。

 2013年の大阪大学の入試(世界史)と2016年に出された大学入学希望者学力評価テストの問題イメージでは、アンガス・マディソンの『The world economy: a millennial perspective』(邦訳は『経済統計で見る世界経済2000年史』柏書房)所収の統計が示されているが、本書の内容が頭にあれば、生徒にとってより分かりやすい解説ができるのではないだろうか。

 たまたま同時期に読んだのが、江戸川乱歩賞作家である高野史緒氏の『翼竜館の宝石商人』(講談社)。17世紀のアムステルダムを舞台に、「光と影の画家」レンブラントが謎を解く歴史ミステリー。物語の背景は、オランダの商人ネットワークである。おかげでよりよく楽しめた。


近代ヨーロッパの形成:商人と国家の近代世界システム (創元世界史ライブラリー)

近代ヨーロッパの形成:商人と国家の近代世界システム (創元世界史ライブラリー)

  • 作者: 玉木 俊明
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2012/08/21
  • メディア: 単行本



翼竜館の宝石商人

翼竜館の宝石商人

  • 作者: 高野 史緒
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/08/23
  • メディア: 単行本



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