SSブログ

有賀夏紀『アメリカの20世紀(上)』(中公新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 「13世紀はモンゴルの時代、17世紀はオランダの時代、19世紀はイギリスの時代、そして20世紀はアメリカの時代」というフレーズを時々授業で使う。本書の前書きにもあるように、「20世紀はアメリカの時代」だったと思う。上巻は1890年代(20世紀前夜)から1940年代(第二次世界大戦勝利)までを扱っているが、国際関係は最小限でおもにアメリカ国内の社会や経済の動きや変化に主眼を置いているのでわかりやすい。特に印象に残ったのがアメリカ社会を理解するためのキーワードとして、文化や価値観における「ネイティヴィズム」(47㌻)と社会システムとしての「知的探求体制」(76㌻)の2つ。今のアメリカでも、トランプ大統領が一定の支持を受けていることや、GAFAやFAANGの興隆とファーウェイへの圧力などを考えれば、なるほどと思った。

 トピック的にも興味深い話をいくつか。
(1)エレノア=ローズヴェルトの活動
 フランクリン=ローズヴェルトの妻。2012年のセンター試験世界史B追試で「黒人や女性,失業者などの権利や福祉について関心の高かった彼女は,ニューディールの様々な政策に関して頻繁に夫に助言した。」と取り上げられた。女性や黒人への言及が多いのも、この本のよかった点。

(2)社会進化論(ソーシャル・ダーウィニズム)の受容
 これまで私はヨーロッパの帝国主義の文脈で社会進化論に触れてきたが(2005年の京大世界史二次試験問題のイメージ)、アメリカ国内社会における影響という点には目が向かなかった。アメリカにおける社会進化論は、移民として成功したカーネギーら富裕層と貧しい階層との格差社会を正当化するための理論として機能したが、一方でスペンサーの支持者が日本でも多かったことは興味深い。また大富豪と貧しい階層との間の中産階級には、清潔感という観念がでてきた点もこれまた興味深い。先日読んだ『寄生虫なき病』では、イギリス社会がクリーンさを求めるようになったのは産業革命によって悪化した環境を改善するという必要に迫られた結果としていたが、19世紀のアメリカについても「不潔の国」(『寄生虫なき病』59㌻)だったという記述がある。人々が清潔感を求めるようになったことから石鹸の需要も増大するが、P&Gといった大企業の成長とともに、石鹸の原料となるパームやしの産地であるコンゴでは厳しい抑圧が始まる(『世界史100話』)。まさしく世界システム。

(3)この時期のアメリカを描いた映画
 2本の映画が取り上げられている。ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演の『怒りの葡萄』はよく知られているが、もう一本『わが街セントルイス』もいい映画だ。本書では原題の「丘の王者」というタイトルで紹介されているが、若き日のエイドリアン・ブロディ(ポランスキーの『戦場のピアニスト』の主演)が主人公の少年を助ける役で好演している。『怒りの葡萄』が農民の生活を描いていたのに対して、『わが街セントルイス』は都市部の格差社会を描いている。ブルース・スプリングスティーンが、『怒りの葡萄』の主人公の名前を冠した『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』というアルバムをリリースしたのは1995年。90年代のアメリカは、30年代のような時代だったのだろうか。

 吉田美奈子に『FLAPPER』(1976年リリース)というアルバムがある。バックの演奏は伝説のグループ、テイン・パン・アレー(細野晴臣・松任谷正隆・鈴木茂ら)で、コンポーザーは矢野顕子・大瀧詠一・山下達郎といったアーティストが参加したJ-POPの名盤。「FLAPPER」という曲は収録されていないので、アルバムタイトルに込められた意味は不明であるが、20世紀初頭アメリカで旧来の価値観にとらわれず自由に生きようとした女性たちを指した言葉だという。飛び立とうとする女性という意味のタイトルだったのかもしれない。

 大型連休中、スプリングスティーンの『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』とトム・パチェコ&ステイナー・アルブリグトゥセンの『ノーバディーズ』(「テディ・ルーズヴェルト」という曲が収められていて、訳者の許可をいただいて授業で日本語訳を使わせていただいている)を聴き、そして『わが街セントルイス』と『怒りの葡萄』を見た。こうした音楽や映画が受け入れられる点こそ、「20世紀はアメリカの時代」だったことの証左なのかも?と思ったりもする。

IMG_1614.JPG


『わが街セントルイス』で主人公をいじめるホテルの従業員が使っている時計がウォルサムで、主人公の父親が職を得た会社がハミルトンというのは面白い。





アメリカの20世紀〈上〉1890年~1945年 (中公新書)

アメリカの20世紀〈上〉1890年~1945年 (中公新書)

  • 作者: 有賀 夏紀
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2002/10/01
  • メディア: 新書



nice!(2)  コメント(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。