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絵画資料と世界史の授業 [授業ネタ]

 「美術鑑賞には勉強が必要」というツイートを見かけたが、同感である。もちろん「見てそして素晴らしいと感動するだけ」なら、知識は必須というわけでもない。しかしそうなると高校世界史の授業では「作者名と作品名の組み合わせを覚える」ことが目標になってしまうような気がするし、どうぜ見るなら楽しんだほうがよいと思う。

 私が絵に関心を持つようになったきっかけは、大学生のころ朝日新聞日曜版に連載されていた「世界名画の旅」だった。この連載はのちに5分冊の書籍として発売され、世界史の授業でかなり役立ったものである。数年前にイギリスBBC制作のテレビドラマ『ダ・ヴィンチ・デーモン』を視ていてウルビーノ公がでてきたときには、鼻の形で「世界名画の旅」で取り上げられたピエロ・デルラ・フランチェスカの作品解説を思い出し、ずいぶんと楽しませてもらった。

 とは言うものの最初の頃は掲載されているエピソードを紹介することがほとんどで、単元や一時間の授業に組み込むことはほとんどできなかった。もっと深く授業で絵画資料を使ってみようと思い立ったのは、教師になって3年目の1992年、『歴史と地理』No.441に掲載された今林常美先生(かつて帝国書院発行の情報誌に絵画資料の素敵な解説を寄稿しておられた)の「北宋・徽宗皇帝の「桃鳩図」と日本-中世東アジア文化交流のひとこま」を読んだのがきっかけである。「はじまりは松本清張の小説から」というレポートだが、「桃鳩図」の所有者変遷を追うまさに謎解きミステリーのような内容で、最後の「教科書・図説類のちょっとした図版を生かすも殺すも、我々教える側の”フトコロの深さ”にかかっている」という一文に「よし、自分も!」と思ったものである。以来30年近く、その思いは変わっていない。その後同じく『歴史と地理』No.513に掲載された「「アルノルフィニ夫妻の肖像」にみる中世末ヨーロッパの諸相」(窪田善男先生)や、千葉県歴史教育者協議会日本史部会編『絵画資料を読む日本史の授業』(国土社:世界史の授業にも使える実践がいくつも掲載されていた)などを使い、教科書や資料集の図版を活用してきた。ランブール兄弟「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」を使った大航海時代の導入(「ヨーロッパで香辛料が高価だったのはなぜか?」)や、ベラスケス「女官たち(ラス・メニーナス)」を使ったスペイン継承戦争の授業(「ベラスケスが描いてるのは誰?」)、Eテレの「わくわく授業」で使った蒙古襲来絵詞などの作品は、今でも授業で取り上げている。

 しばらく絵画資料からは遠ざかっていたが、同僚の先生(「アクティブラーニング型授業研究会くまもと」の代表)から、「看図アプローチ」の手法を教えてもらって以来、再び絵画資料を用いた授業作りに目が向いている。ベラスケスの「女官たち」は、看図アプローチ向きの絵画資料だと思う。 今ウチの学校で使っている資料集は第一学習社の『グローバルワイド』だが、以前浜島書店の『アカデミア』を使っていた頃は、16世紀フランドルの絵暦の12月(牙がある豚を屠っている図)が掲載されていたので、「ベリー公の時祷書」と組み合わせることができた。これも看図アプローチに適した絵画資料だと思う。取り上げる絵画資料は、教科書または資料集に掲載されているものがよい、というのが私の持論である。生徒一人一人の手もとにあるためわざわざ印刷しなくてすむし、有名な資料ならば解説の入手も容易である。いま一番使ってみたい絵画資料は、「清明上河図」。教科書と資料集では使われている部分が異なるなど、色々と試すことができそうである。

 先ほど引用した今林先生の「教科書・図説類のちょっとした図版を生かすも殺すも、我々教える側の”フトコロの深さ”にかかっている」という言葉を実感したのは、私が松島商業高校(すでに廃校)で日本史を担当していた頃に故森浩一先生の著書(草思社の『巨大古墳』と中公新書の『古墳の発掘』)を読んだときだった。日本の古墳時代は、中国では南北朝時代(西晋~隋)に該当するが(『巨大古墳』16㌻)、当時の人々は巨大な古墳を造営する際にどのような長さの単位を用いたのだろう。森先生は中国の晋尺を用いたのではないかと推定している(『古墳の発掘』88㌻以下)。晋(西晋)の1尺は24センチで、山川の世界史教科書『詳説世界史』に写真が掲載されている後漢の光武帝が日本に贈ったとされる金印(「漢委奴国王」)の1辺(2.3㎝)の約10倍である。2.3㎝は漢代の1寸に相当し、古代の中国では1寸=2.3~2.4㎝だった。「日本で古墳を作る際、長さはどのように決めていたのだろうか?」という問いから、「中国で使われている長さの単位を使ったと考えられ、その単位は金印の1辺の長さの単位ともほぼ一致する」とつなげ、漢代以降の南北朝時代も倭の五王など中国との文化交流が続いていたことに触れることができる。

 ただサイズを話題にするときは、原寸大のレプリカの方がよいのではないだろうか。金印だと1辺2.3㎝という小ささと、大山古墳に代表される巨大古墳との対比は面白い。金印のレプリカは山川出版社から発売されているが、「印綬」の「綬」がついていないので自分で作ってもいい。『詳説世界史』には金印の印影も掲載されているので、日本と逆の陰刻(日本の地方自治体のほとんどは陰刻印章の印鑑登録を認めていない)であることにも気づかせたい。「紙は後漢の蔡倫が改良した」とされるが、同じ後漢でも光武帝の時代にはまだ紙が普及していなかったのである。「金印はなぜ陰刻か」という話を授業でしていて、木簡・竹簡は表面を削ってしまえば簡単に偽造できるので封泥で封緘して、印を押して偽造防止する.....という話をしたがイメージがわかない様子。こういうときこそ実物教材の出番か?木簡の「冊」を自分で作ろうかと思ったが、映画『HERO』でジェット・リーが切ってみせた「巻」は予想外に大きくて、自作は無理かな。
 そのほか「偽造説」や「本物が二つある話」(宮崎市定『謎の七支刀』中公新書6㌻)など、話し始めると50分では足りなくなる。宮崎市定先生による「本物が二つある」というのは、「複製を作った際に、実はどちらが本物かわからなくなっているらしい」という噂を耳にした。福岡市博物館にある「本物」は写真撮影OKなのに、一方で九州国立博物館にある「複製」は写真撮影禁止というのは、それが理由なのだろうか?最近ではICT機器も普及しているので、金印のような実物教材も容易に投影できる。タブレットのカメラ機能を使えば複数をまとめて提示することもできるので、ボリビア・コロンビア・ベネズエラの紙幣を同時に見せたいときは便利だ。別人みたいなシモン=ボリバル(本名は覚えきれないほど長い)の肖像や、正式な国名、通貨単位などは3つ同時に示してこそのおもしろさがある。メディア芸術・教材を生かすも殺すも、我々教える側の”フトコロの深さ”にかかっている、と思う。



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