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齋藤幸平『100分de名著 カール・マルクス 資本論』(NHK出版) [歴史関係の本(小説以外)]

 東大の2019年の問題(大問1のリード文)や、内藤正典著『プロパガンダ戦争』(集英社新書)の第一章が言うように、冷戦が終結しても世界各地では紛争が絶えない。テロのような暴力、紛争、内戦はなぜなくならないのだろうか。その手がかりを得たのが、NHKラジオの番組「100分de名著」のカール・マルクスであった。放送第1回から第3回までの内容を読むと、世界各地で進む分断は資本主義の悪い面が表出してきた結果だという気がしてくる。一方で第4回で紹介されてた「コモン」や「アソシエーション」という言葉は、「分断」とは真逆に作用する力を持っているようにも感じる。

 私の中学生~高校生のころには『ゴルゴ13』などの影響で「ソ連や中国など社会主義国家には自由がない」というイメージがあって、私も「私有財産と経済活動に一定の制限を加える社会主義」と「国家による経済への介入を出来る限り排除し、私有財産と自由な経済活動を認める資本主義」という二項対立で説明してきた。また、ソ連による大韓航空機撃墜や日本漁船の拿捕、アフガニスタン侵攻とロサンゼルスオリンピックのボイコット、中国の天安門事件など社会主義を標榜する国にあまりよいイメージがなかったことから、基本的に社会主義国悪玉論の立場であったことも否めない。しかし、もともと社会主義は資本主義へのアンチテーゼとして登場してきたのだから、資本主義の問題点としてどういった点があげられているのかを確認することは必要である。 

 全4回のうち最も面白かったのは、第2回「なぜ過労死はなくならないのか」。資本主義とは何かを考えるうえで、「資本とは運動であり、絶えず価値を増やしながら自己増殖していく」という説明は重要だと思われる。ウォーラーステインが『史的システムとしての資本主義』(岩波書店)の中で、「資本主義という史的システムにおいて、資本は自己増殖を第一の目的ないし意図として使用される」(6㌻)と述べているのは、このことだろう。さすれば資本主義とは、無限の資本蓄積を目的として発展するシステムとも定義できそうだ。第一回で示されている様々な問題は、ここから生まれている。

 先日行われた米大統領就任演説で、バイデン大統領が「団結(Unity)」という言葉を何度も使用したことは、トランプ時代のアメリカでは社会の分断が進んだことを示している。古矢旬先生(岩波新書『グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀』は名著)は、トランプ大統領が当選した背景として、アメリカの社会や経済を動かしてきた長期的トレンドが行き詰まったことをあげている(『歴史地理教育』2018年9月号:No.884)。行き詰まった長期的トレンドとは、①グローバル化(によるアメリカの地位の相対的低下)、②新自由主義(の失敗)、③多文化主義(への反発)だが、反多文化主義がラストベルトで強いことを思うと、①②のみならず③もまた行きすぎた資本主義がトランプ大統領の登場を準備し、そしてアメリカ社会における分断をさらに進めたという気がしてくる。古矢先生の「トランプ時代のアメリカ民主主義」は、「なぜ?ポピュリズム、ナショナリズム」という特集の一環として掲載されたものであるが、他には「ブレグジット・ナショナリズムが社会を壊す」「ドイツにおけるポピュリズムと移民問題」という文が掲載されている。2018年の上智大学TEAP入試の世界史で出題された(設問3)、イギリスがEU脱退を決定した理由を問う問題でも、「移民」「自由市場経済」「共通通貨」など資本主義に関わる用語が指定語句となっており、また「パンデミックがもたらす新たな分断」(『プロパガンダ戦争』第7章)ですら、罹患・死亡率やワクチン供給など資本主義の負の側面によって一層深まり深刻化していることが読み取れる。

 アメリカにおける資本主義という文脈で思い出したのが、次の問題。

 次の一コマ風刺マンガは、1989年12月12日にアメリカ合衆国の『ヘラルド・トリビューン』紙に掲載されたもので、当時の東ヨーロッパ情勢を踏まえながら、アメリカ合衆国の社会状況が批判されている。踏まえられている東ヨーロッパ情勢を説明し、さらに、批判されている社会状況についても説明しなさい(200字程度)。
pat01.jpg
'Tis the season to be jolly, my good man! We won - did you know that? Capitalism is triumphant. Communism lies in ruins. Our system prevails! We won! Smile!'
「なあ君、気持ちいい季節になったものだよな。われわれが勝ったのさ。知ってたか?資本主義が勝利をおさめたんだ。共産主義はこっぱみじんさ。われわれのシステムが支配するんだ。われわれが勝ったのさ。ほら笑えよ!」


これは2001年に大阪大学の個別試験(世界史)で出題された問題である。今から20年前の入試問題だが、「批判されている(アメリカ)の社会状況」はマンガが描かれた1989年・阪大の入試に使われた2001年当時と変わっていない。

 問題に使われている絵の作者はパット・オリファント(Pat Oliphant)という風刺画家で、アメリカ議会図書館のウェブサイト[https://www.loc.gov/exhibits/oliphant/]によれば1966年にピューリッツァー賞を受賞し、ジョンソンからクリントンまで7人の米国大統領を似顔絵にし、ウォーターゲート事件、ベトナム戦争、湾岸戦争など過去30年間の社会的政治的問題について挑発的な風刺マンガを発表してきた。

 彼がピューリッツァー賞を受賞したのは、下の作品。

pat02.jpg
"They won't get us to the conference table...will they?"


 ピエタ像のように死者を抱くホー・チ・ミン。私が生まれる4カ月前に発表された作品である。2枚の風刺画は、冷戦→行きすぎた資本主義という分断の原因の変化を示しているように私には感じられる。


NHK 100分 de 名著 カール・マルクス『資本論』 2021年 1月 [雑誌] (NHKテキスト)

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