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木畑洋一『二〇世紀の歴史』 (岩波新書) [歴史関係の本(小説以外)]

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 20世紀を帝国主義の時代ととらえ、その時期を1870年代から1990年代までと設定し、この時期の歴史的な動きを新しい視点でわかりやすく説明した好著。本書では、帝国主義が始まった1870年代から、ほとんどの植民地が独立を達成した1990年代までを「長い20世紀」とし(ホブズボームの「短い20世紀」との対比)、支配と被支配(従属)の関係を叙述の軸としている。ソ連の崩壊(1991年)も、ソ連という支配と東欧諸国という被支配の関係の終焉とする視点は興味深い。
 「長い20世紀」を①1870年代から第一次世界大戦(帝国主義世界体制の形成期)、②第一次世界大戦から1920年代(動揺期)、③世界恐慌から第二次世界大戦(動揺激化期)、④第二次世界大戦の終わりから1990年代初め(解体期)の4期に分けて説明されているが、この分け方もわかりやすい。さらにそれぞれの時期で、ヨーロッパ(アイルランド)・アフリカ(南アフリカ)・アジア(沖縄)の諸地域における支配と被支配の様相を定点観測するという叙述もよく整理されている(1942年に旧日本軍の特殊潜行艇がマダガスカルまで遠征していたとは驚いた)。これまでは、この時期のアジアは中国(清朝)を取り上げるのが多かった。しかし現在の日本に含まれる地域で、「長い20世紀」を通じて常に戦争と暴力にさらされてきたのは沖縄であり、この地域を取り上げた点に著者の眼差しが感じられる。。興味深いトピック(暗黒大陸ではなかったアフリカ、ジェントルマン資本主義、ジンゴイズムなど)がさりげなく(深入りせずに)紹介されている点もよい。
 新書としては難しい、秋田茂先生の『イギリス帝国の歴史』(中公新書)は、本書を読んだ後に読むと、よりよく理解ができるように思われる。さらに言えば、本書→川北稔・木畑洋一『イギリスの歴史』(有斐閣アルマ)→『イギリス帝国の歴史』と読み進めると、「大英帝国」というワードをこれまでとは違ったイメージでとらえることができるのではないだろうか。


二〇世紀の歴史 (岩波新書)

二〇世紀の歴史 (岩波新書)

  • 作者: 木畑 洋一
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/09/20
  • メディア: 新書



イギリス帝国の歴史 (中公新書)

イギリス帝国の歴史 (中公新書)

  • 作者: 秋田 茂
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/06/22
  • メディア: 新書






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武井彩佳 著 『歴史修正主義~ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』(中公新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 「歴史修正主義は、質は悪いが、歴史に関する言説には違いない」(本書177㌻)以上、高校の授業で遭遇することもあり得る。「多面的に物事を考えた」結果、ホロコースト否定論を支持する生徒がいるかもしれないし、あるいは調べ学習の参考資料にトンデモ本を使う生徒がいるかもしれない。知的レベルが高い生徒でも、こうした事例は見られる(もっともその背景にはイデオロギー的なものよりも、「通説を批判する」とか「既存のものではない」「主流から外れた」オルタナティヴのカッコよさにあこがれるという気持ちを感じた)。「歴史修正主義といかに向き合うか」(著者である武井彩佳先生がWINEで行った講演のサブタイトル)は、高校で歴史の授業を担当している私にとって、真剣に考えなければならないテーマである。

 本書の内容は著者が「あとがき」で整理している三点だが、特に法規制を扱った第6章・第7章からは著者の思いが伝わってきて、意気に感じる。言説の法規制の問題は、民主主義を守る上でも考えていかなければならない問題。
 WINEの講演会がツイッターで告知されると、(本書の発売前にもかかわらず)否定的なリプライが寄せられ[https://twitter.com/WineWaseda/status/1447853438902042625]、茶谷さやか先生のツイートに対しても同様だった[https://twitter.com/SayakaChatani/status/1451462410955472900](茶谷先生が女性なので、よりいっそう攻撃的なリプがついたようにも思う)。本書の「まえがき」やWINEの講演でも触れられていたが、日本では「歴史修正主義」という言葉がホロコースト否定を含んだ広い意味で使われているため、結構な誤解があるように感じる。その意味でも、本書が好評なのはよいことだと思う。

以下、私のメモ。
序章「歴史学と歴史修正主義」:歴史との向き合い方
  ・歴史とは全体像 
    ジグソーパズルのピースだけをみても全体像はわからない
    しかし、ピースが一部欠けていても全体像は確認できる
  ・「事実」と「真実」の違い
  ・歴史は解釈であり、記述は変わる
   (近世日本の士農工商に関する記述などが、それに該当するだろう)
第4章「ドイツ歴史家論争」:歴史修正主義と保守的な歴史解釈との線引き
  ・ノルテの立場・・・・ホロコーストの否定はしないが、相対化する
   ただし、実証を欠く=「問いは立てるが証明はしない」(130㌻)
  ・不正を矮小化することは、歴史の政治利用につながる
   現在に奉仕させる歴史を書くことは悪いことなのか?(133㌻)
   →ナショナル・ヒストリーの限界・・・・対立を再生産する可能性がある
第5章「アーヴィング裁判」
  ・165㌻のルドルフ・ヘスは、元副総統とは別人
・アーヴィングへの判決文(170㌻)

【映画『否定と肯定』】
 ホロコーストは「denial」とも言うそうだが、アーヴィング裁判を扱った映画『否定と肯定』の原題は『Denial』なので、映画の邦題は元の意味からかなり離れている。本書では映画『否定と肯定』に触れておらず、自分の筆一本で立ち向かおうという著者の気概が感じられた。本書を読むと、映画の中でアーヴィングが「ヒトラーがホロコーストを支持した証拠をみつけたら賞金を出す」と言っていたのが歴史修正主義のよくある手法であることや、アーヴィング裁判でホロコーストで生き残った人々が証人席に立たなかった理由がよく理解できた。映画で法廷弁護士ランプトンがアウシュヴィッツを歩くシーンはとても印象深いが、本書の「あとがき」における著者のアウシュヴィッツ体験が映画とは対照的なのも興味深い。
    映画『否定と肯定』について   https://diamond.jp/articles/-/184804

【高校における歴史の授業をどうするか】
 WINEの講演会でも話題になったが、多様な解釈を容認する以上、「歴史総合」の授業で歴史修正主義的な意見が出ることはあり得る。解釈の積み重ねは重要だが、映画『否定と肯定』のパンフレットに木村草太先生が書いている両論併記の弊害についても考え込んでしまう。かといって、歴史的な事実とされる資料を並べても、その選択自体に教員の解釈が入り込んでいる以上、「理論批判学習」[https://home.hiroshima-u.ac.jp/~kusahara/kusalab/class/2016/curri/06-3.pdf]が「批判」になることは少ないだろう。授業で提示する資料の選択をどうすればよいのだろうか?



歴史修正主義-ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで (中公新書, 2664)

歴史修正主義-ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで (中公新書, 2664)

  • 作者: 武井 彩佳
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2021/10/18
  • メディア: 新書



否定と肯定 [DVD]

否定と肯定 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 株式会社ツイン
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: DVD



否定と肯定 [Blu-ray]

否定と肯定 [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: 株式会社ツイン
  • 発売日: 2018/06/20
  • メディア: Blu-ray



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齋藤幸平『100分de名著 カール・マルクス 資本論』(NHK出版) [歴史関係の本(小説以外)]

 東大の2019年の問題(大問1のリード文)や、内藤正典著『プロパガンダ戦争』(集英社新書)の第一章が言うように、冷戦が終結しても世界各地では紛争が絶えない。テロのような暴力、紛争、内戦はなぜなくならないのだろうか。その手がかりを得たのが、NHKラジオの番組「100分de名著」のカール・マルクスであった。放送第1回から第3回までの内容を読むと、世界各地で進む分断は資本主義の悪い面が表出してきた結果だという気がしてくる。一方で第4回で紹介されてた「コモン」や「アソシエーション」という言葉は、「分断」とは真逆に作用する力を持っているようにも感じる。

 私の中学生~高校生のころには『ゴルゴ13』などの影響で「ソ連や中国など社会主義国家には自由がない」というイメージがあって、私も「私有財産と経済活動に一定の制限を加える社会主義」と「国家による経済への介入を出来る限り排除し、私有財産と自由な経済活動を認める資本主義」という二項対立で説明してきた。また、ソ連による大韓航空機撃墜や日本漁船の拿捕、アフガニスタン侵攻とロサンゼルスオリンピックのボイコット、中国の天安門事件など社会主義を標榜する国にあまりよいイメージがなかったことから、基本的に社会主義国悪玉論の立場であったことも否めない。しかし、もともと社会主義は資本主義へのアンチテーゼとして登場してきたのだから、資本主義の問題点としてどういった点があげられているのかを確認することは必要である。 

 全4回のうち最も面白かったのは、第2回「なぜ過労死はなくならないのか」。資本主義とは何かを考えるうえで、「資本とは運動であり、絶えず価値を増やしながら自己増殖していく」という説明は重要だと思われる。ウォーラーステインが『史的システムとしての資本主義』(岩波書店)の中で、「資本主義という史的システムにおいて、資本は自己増殖を第一の目的ないし意図として使用される」(6㌻)と述べているのは、このことだろう。さすれば資本主義とは、無限の資本蓄積を目的として発展するシステムとも定義できそうだ。第一回で示されている様々な問題は、ここから生まれている。

 先日行われた米大統領就任演説で、バイデン大統領が「団結(Unity)」という言葉を何度も使用したことは、トランプ時代のアメリカでは社会の分断が進んだことを示している。古矢旬先生(岩波新書『グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀』は名著)は、トランプ大統領が当選した背景として、アメリカの社会や経済を動かしてきた長期的トレンドが行き詰まったことをあげている(『歴史地理教育』2018年9月号:No.884)。行き詰まった長期的トレンドとは、①グローバル化(によるアメリカの地位の相対的低下)、②新自由主義(の失敗)、③多文化主義(への反発)だが、反多文化主義がラストベルトで強いことを思うと、①②のみならず③もまた行きすぎた資本主義がトランプ大統領の登場を準備し、そしてアメリカ社会における分断をさらに進めたという気がしてくる。古矢先生の「トランプ時代のアメリカ民主主義」は、「なぜ?ポピュリズム、ナショナリズム」という特集の一環として掲載されたものであるが、他には「ブレグジット・ナショナリズムが社会を壊す」「ドイツにおけるポピュリズムと移民問題」という文が掲載されている。2018年の上智大学TEAP入試の世界史で出題された(設問3)、イギリスがEU脱退を決定した理由を問う問題でも、「移民」「自由市場経済」「共通通貨」など資本主義に関わる用語が指定語句となっており、また「パンデミックがもたらす新たな分断」(『プロパガンダ戦争』第7章)ですら、罹患・死亡率やワクチン供給など資本主義の負の側面によって一層深まり深刻化していることが読み取れる。

 アメリカにおける資本主義という文脈で思い出したのが、次の問題。

 次の一コマ風刺マンガは、1989年12月12日にアメリカ合衆国の『ヘラルド・トリビューン』紙に掲載されたもので、当時の東ヨーロッパ情勢を踏まえながら、アメリカ合衆国の社会状況が批判されている。踏まえられている東ヨーロッパ情勢を説明し、さらに、批判されている社会状況についても説明しなさい(200字程度)。
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'Tis the season to be jolly, my good man! We won - did you know that? Capitalism is triumphant. Communism lies in ruins. Our system prevails! We won! Smile!'
「なあ君、気持ちいい季節になったものだよな。われわれが勝ったのさ。知ってたか?資本主義が勝利をおさめたんだ。共産主義はこっぱみじんさ。われわれのシステムが支配するんだ。われわれが勝ったのさ。ほら笑えよ!」


これは2001年に大阪大学の個別試験(世界史)で出題された問題である。今から20年前の入試問題だが、「批判されている(アメリカ)の社会状況」はマンガが描かれた1989年・阪大の入試に使われた2001年当時と変わっていない。

 問題に使われている絵の作者はパット・オリファント(Pat Oliphant)という風刺画家で、アメリカ議会図書館のウェブサイト[https://www.loc.gov/exhibits/oliphant/]によれば1966年にピューリッツァー賞を受賞し、ジョンソンからクリントンまで7人の米国大統領を似顔絵にし、ウォーターゲート事件、ベトナム戦争、湾岸戦争など過去30年間の社会的政治的問題について挑発的な風刺マンガを発表してきた。

 彼がピューリッツァー賞を受賞したのは、下の作品。

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"They won't get us to the conference table...will they?"


 ピエタ像のように死者を抱くホー・チ・ミン。私が生まれる4カ月前に発表された作品である。2枚の風刺画は、冷戦→行きすぎた資本主義という分断の原因の変化を示しているように私には感じられる。


NHK 100分 de 名著 カール・マルクス『資本論』 2021年 1月 [雑誌] (NHKテキスト)

NHK 100分 de 名著 カール・マルクス『資本論』 2021年 1月 [雑誌] (NHKテキスト)

  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2020/12/25
  • メディア: Kindle版


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内藤正典『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』(集英社新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 1989年(平成元年)の冷戦終結宣言からおよそ30年が経過した。冷戦の終結は、それまでの東西対立による政治的・軍事的緊張の緩和をもたらし、世界はより平和で安全になるかに思われたが、実際にはこの間、地球上の各地で様々な政治的混乱や対立、紛争、内戦が生じた。とりわけ、かつてのオスマン帝国の支配領域はいくつかの大きな紛争を経験し今日に至るが、それらの歴史的起源は、多くの場合、オスマン帝国がヨーロッパ列強の影響を受けて動揺した時代にまでさかのぼることができる。
 以上のことを踏まえ、18世紀半ばから1920年代までのオスマン帝国の解体過程について、帝国内の民族運動や帝国の維持を目指す動きに注目しつつ、記述しなさい。解答は、解答欄(イ)に 22行以内で記し、必ず次の8つの語句を一度は用いて、その語句に下線を付しなさい。


 アフガーニー  ギュルハネ勅令  サウード家   セーヴル条約  日露戦争
 フサイン=マクマホン協定     ミドハト憲法  ロンドン会議(1830)



 これは2019年の東京大学の世界史で出題された問題だが、昨年、一昨年と授業で「オスマン帝国の衰退」の話をするときには紹介してきた。それにしても、一般論として「冷戦の終結は、それまでの東西対立による政治的・軍事的緊張の緩和をもたらし、世界はより平和で安全になるかに思われたが、実際にはこの間、地球上の各地で様々な政治的混乱や対立、紛争、内戦が生じた」理由は何なのだろう。
 本書の第一章の書き出しを読んだとき、真っ先に思い出したのは先に示した東大の問題だった。オスマン帝国の解体過程がなぜ現代社会の政治的混乱や対立、紛争、内戦(これらを本書ではまとめて「分断」と表現している)につながるのか。この点を考察するうえで本書は様々なヒントを与えてくれる。考察の対象としている地域もイスラーム圏そしてヨーロッパとの関係であり、私がこれまで持っていた「自分は高校で世界史を教えてるんだから、当然理解してるよ」的な自惚れを正してくれた。私には知らないことが多すぎる。

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 この本を手に取ったきかっけは、タイトルにひかれたからである。佐藤卓己先生の『ファシスト的公共性』(岩波書店)のあとがきに出てきたエピソード(「プロパガンダ」という言葉をめぐるドイツ人学生との会話)が印象に残っていた。実際には私が求めていた内容とは異なりメディアリテラシーの重要性を説くものであったが、インターネット(とりわけSNS)について書かれた第6章、パンデミックによってもたらされる新たな分断というわれわれが現在直面している問題について書かれた第7章は、これからの高校世界史の授業でも取りあげていくべき問題のように思われる。個人的にはこれまであまり関係性が見えていなかった、『歴史地理教育』の特集を相互につなげる視点を得たことが最大の収穫であった。現代社会の的確な分析とわかりやすい語り口ゆえ、高校生にこそ読んでほしい一冊。

【『プロパガンダ戦争』と関係があると思われる『歴史地理教育』の特集】
・特集「なぜ?ポピュリズム、ナショナリズム」(2018年9月号、No.884)
・「平成」の30年・ポスト冷戦を問う(2020年3月増刊号、No.907)
・学び合う「歴史総合」の授業づくり(2020年7月増刊号、No.912)
・特集「いま、感染症の歴史と向きあう」(2021年1月号、No.919)


プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア (集英社新書)

プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア (集英社新書)

  • 作者: 内藤 正典
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2020/09/17
  • メディア: 新書




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佐藤卓己『ファシスト的公共性~総力戦体制のメディア学』(岩波書店) [歴史関係の本(小説以外)]

 年が明けて2021年となり、高校で新科目「歴史総合」がスタートするまであと1年余りとなった。折に触れて「歴史総合」をテーマとした本などを読んでいるが、読めば読むほどやれる自信はなくなっていく。「歴史総合」は、近現代史における長期的な三つの変化「近代化」「大衆化」「グローバル化」に焦点をあてて構成されているが、「大衆化は何をもたらしたのか」と問われても、正直よくわからない。分からないことを考えることが重要だと言われればその通りだが、わからないままで評価や助言をしようなどは不遜極まりない。かと言って、教員が想定した答えが出せるように資料を構成した誘導尋問的な授業は対話的にはなるかもしれないが、真の意味での主体的な学びにはならないような気がする(「理論批判学習」でも「批判」にならないことが多い)。抽象的なルーブリックをいくら作成しようが、「授業でこんな答えが導き出せたら何点」という具体的な基準をつくっておかなければ意味がないのでないだろうか。現状、「この答えはルーブリックのどのレベルに該当するのですか?」と生徒から問われたとき、「根拠を示して説明」できなければならないが、正直私には自信がない。

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 さて、「大衆化は何をもたらしたのか」という問いに対する答えを考えるヒントを探していて、たどりついた一冊が本書である。本書は著者が1993年から2015年にかけて発表してきた論考を集めた論文集で、第Ⅰ部「ナチ宣伝からナチ広報へ」(第一~三章)と第Ⅱ部「日本の総力戦体制」(第四~七章)から成るが、考えてみればタイトルの「ファシスト的公共性」とは奇妙な言い回しである。「あいつはファシストだ」というのは誉め言葉にならないし、「この施設は公共性が高い」という表現は対象を評価する言葉になる(「正直な「公共性」研究者の回顧」という副題のついたあとがきも、著者のドイツ留学時にドイツ人学生と交わした会話はなどたいへん面白い。)。「ファシスト的公共性」とはいったいどのような状態・モノを指すのだろうか。序章にある次の一文を読んで、久しぶりに「本に引き込まれる」感じがした。
 
「19世紀の民主主義は、「財産と教養」を入場条件とした市民的公共圏の中で営まれると考えられていた。一方、20世紀は普通選挙権の平等に基礎を置く大衆民主主義の時代である。そこからファシズムが生まれた事実は強調されねばならない。理性的対話による合意という市民的公共性を建て前とする議会制民主主義のみが民主主義ではない。ヒトラー支持者には彼らなりの民主主義があったのである。ナチ党の街頭行進や集会、ラジオや国民投票は大衆に政治的公共圏への参加の感覚を与えた。この感覚こそがそのときどきの民主主義理解であった。何を決めたかよりも決定プロセスに参加したと感じる度合いがこの民主主義にとっては決定的に重要であった。ワイマール体制(利益集団型民主主義)に対して国民革命(参加型民主主義)が提示されたのである。ヒトラーは大衆に「黙れ」といったのではなく「叫べ」といったのである。民主的参加の活性化は集団アイデンティティに依拠しており、「民族共同体」とも親和的である。つまり民主主義は強制的同質化(Gleichschaltung)とも結託できたし、その結果として大衆社会の平準化が達成された。こうした政治参加の儀礼と空間を「ファシスト的公共性」と呼ぶことにしよう。民主主義の題目はファシズムの歯止めとならないばかりか非国民(外国人)に不寛容なファシスト的公共性にも適合する。」

 こうした話を高校の世界史の授業で取り上げることは稀なことであると思う。しかしヒトラー政権は合法的な手続きを経て成立したのであり、上記のような指摘を念頭において初めて「ナチズムはなぜ受け入れられたのか」という問いが立てられるようにも思われる。それにしても、この文章は著者が1997年に雑誌に発表したということだが、本書における引用箇所の前後を読むと著者も述べているように、現在との類似性を感じてしまう。

普通選挙を前提とする20世紀の大衆社会からファシズムは生まれたのであり、本書を読んでいるとファシスト的公共性とは大衆社会そのものであると言い切ってもいいような気がしてきた。ナチスは集会やデモ、ラジオ放送や国民投票を通じて世論形成への参加感覚を与えていたが、映画やラジオ放送というメディアの重要性も授業で取り上げてみたいものである。

 ツイッターで政治に関する話題が多いのは、政治参加の感覚が手軽に得られるということがあるのかもしれない。帯にある「参加と共感に翻弄される民主主義」というタタキ文句を見て真っ先に思い出したのは、ツイッターの世界だ。序章の最後、「(現代社会の基軸メディアは最強の即時報酬メディアであるインターネットだが)遅延報酬的な営み、つまり教育が期待できない場所には未来もない」という言葉を肝に銘じておきたい。「学校で学んだこと、テストで測定されるような知識や技能、それらを全部忘れ去ったときに何か残るもの、それが教育の効果である」というマーガレット・サッチャー英元首相が来日時に語ったという言葉を思い出す。



ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学

ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学

  • 作者: 佐藤 卓己
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2018/04/05
  • メディア: 単行本



増補 大衆宣伝の神話: マルクスからヒトラーへのメディア史 (ちくま学芸文庫)

増補 大衆宣伝の神話: マルクスからヒトラーへのメディア史 (ちくま学芸文庫)

  • 作者: 佐藤 卓己
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2014/05/08
  • メディア: 文庫



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エリック・ウィリアムズ『資本主義と奴隷制』(ちくま文庫) [歴史関係の本(小説以外)]

 平成30年度の大学入試センター試験世界史A(本試験)のリード文で、エリック・ウィリアムズが取り上げられていた。私はその文章にいたく心を動かされたので、その年の試験問題評価委員会報告書に高等学校教科担当教員の意見・評価 として「毎年センター試験の「世界史A」問題には、はっとさせられることがある。過去にはビートルズやウッドストックロックフェスティバルといったカウンターカルチャー系の選択肢が出題されており、今年は「世界史の問題なのに選択肢が全て日本史関係」という問題も出題された。またリード文では、昨年のマルク=ブロックに続いて本年度はエリック=ウィリアムズが取り上げられた。いずれも業績のみならずその生き方がわれわれに感動を与える歴史家であり、「この人たちの著作は読んでほしい」という出題者からのメッセージのようにも思える。われわれ高等学校教員は、こうした出題者の思いに応えていかなければならないとも感じている。」という感想を書いた[https://bit.ly/34WLRvV] 。

 山川出版社の教科書『詳説世界史』を見ると、今でこそ「(奴隷貿易によって)ヨーロッパでは産業革命の前提条件である資本蓄積がうながされた」という記述があるが、1985年版や91年版には奴隷貿易の記述はあっても産業革命との関連を示す記述は見当たらない。『資本主義と奴隷制』の初版が出版されたのが1944年だが、今回再刊された中山毅先生による日本語訳が初めて出版されたのは、1987年のことだった。ウィリアムズ・テーゼが高校世界史の教科書に反映されるまでは、相当な時間がかかっている。ただ角山栄先生の名著『茶の世界史』(中公新書)の初版発行は1980年で邦訳が出版される前だが、同書ではすでに「興味のある読者には『資本主義と奴隷制』(1944年)を一読することを勧めたい。」(100㌻)と紹介されている。

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 第4章(149㌻)に登場するベックフォード2世(ウィリアム・トマス・ベックフォード)は、ゴシック小説『ヴァセック』の作者としてよく知られており、増田義郎先生によれば、『オトラントの城』のホレス・ウォルポール、『マンク(修道士)』(1796)のマシュー・グレゴリー・ルイスなども砂糖プランターだったそうで、増田先生は「おもしろいことに、ゴシック派文人には西インドの不在地主が多い」と述べている(『略奪の海カリブ』岩波新書145~146ページ)。このうちルイスは2回ほど西インドに行って、彼の所有する奴隷達の悲惨な状況にショックを受けて、生活の改善を行おうとしたらしい。『ヴァセック』からは『アラビアン・ナイト』からの影響が色濃く感じられるが、彼の生きた時代(1760年~1844年)はレイン版が出版された時期でもある。ベックフォードは下院議員で、スエズ運河の株式買収で有名なディズレーリのパトロンだった(作家出身同士で馬が合ったのかも)そうだ。川北稔先生は北米植民地の「代表なくして課税なし」との対比で、西インド諸島の砂糖プランターを「代表されすぎていた」とも評しているが(『砂糖の世界史』182㌻)、産業革命期に投資その他で寄与した人々の多くは、もとから富裕な不在地主の砂糖プランターではなく奴隷貿易に従事した人々であった(第五章)。

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 ヨアン・グリフィズの主演で映画にもなった「アメイジング・グレイス」の歌とウィルバーフォースの活躍のように、イギリスにおける奴隷制度の廃止はその非人道的な実態に反省した結果だというイメージがあるが、ウィリアムズによればそれは一面に過ぎない(第十一章)。イギリスにおける奴隷貿易の廃止は重商主義に対する自由貿易主義の勝利であり、それはアメリカの独立で決定的となった(第六章)。というのも「アメリカは外国となり、航海法の全条項の適用を受けることになった。」(203㌻)ため、アメリカから食料その他を輸入することは難しくなり収益は大きく低下したからである。また1783年のパリ条約前後から、イギリスは植民地経営の重心をアジアへ移すようになるが、それにともなって西インド砂糖プランテーションの地位の低下とともに奴隷貿易も衰退していく。

 イギリスの植民地経営がアジア、そしてアフリカへ軸足を移すようになった背景として、アメリカの独立の影響は注目してよいと思う。山川出版社の『世界史用語集』では「奴隷貿易の廃止(イギリス)」と「奴隷制の廃止(イギリス)」は別個に記されているが、そのことは「奴隷制の廃止は重商主義に対する自由貿易主義の勝利によってもたらされた」とするウィリアムズの主張(第9章)を考えると、重要なことのように思われる。19世紀前半のイギリスにおける自由主義改革とアジアへの進出を取り上げるとき、このような点にも注意していきたいものである。イギリスが自由貿易に舵を切るのは1820年代以降で、アメリカ独立から奴隷貿易が廃止される1807年まで依然として保護貿易主義だったという指摘もあるが[https://core.ac.uk/download/pdf/235429027.pdf]、「奴隷貿易の利潤は工業化に投資されてイギリス産業革命の資本を提供し、アメリカ独立によってアジア進出を強化したイギリスは、産業革命の進展とともに自由貿易帝国主義を進める」という説明は、授業で取り上げることはないかもしれないが、頭に置いておくと深みが増すような気がする。

 教員になって4年目、『茶の世界史』の紅茶帝国主義の話(94~95㌻)をもとに授業をつくったが、18世紀の大西洋三角貿易と19世紀のアジア三角貿易を同時期のこととして話をしてしまった。このミスの原因は、同書94㌻のグラフで、1850年以降茶と砂糖の輸入が急増した理由を深く考えなかったことである。『砂糖と世界史』の第8章「奴隷と砂糖をめぐる政治」を読んで、その間違いに気づきとても恥ずかしい思いをした。苦い失敗である。

 2020年に出版されたちくま文庫版は1987年に理論社から発行された邦訳の再発である。この間2004年に明石書店から新訳が出ているが、巷間旧訳の方が評価が高いようだ。明石書店版を最初に読んだときはさほど気にならなかったが、ちくま版を読んで気になったところを新訳と比較してみると、確かに旧訳の方が意味が通りやすい。たとえば前述の「アメリカは外国となり、航海法の全条項の適用を受けることになった。」が新訳では「アメリカ人は外国人となり....」となっており意味は分かるがスムーズに入ってこない。新訳は複数で翻訳にあたったということもあるかもしれない。明石書店版巻頭の解説もよいが、ちくま文庫版巻末の川北稔先生の解説がとても良いと思う。ウィリアムズがセンター試験のリード文に取り上げられた理由がよくわかる。[http://www.webchikuma.jp/articles/-/2089]

 最後の第十三章(結論)の5は、BLM運動の高まりを見ると、本書が今なお名著とされる所以を示していると思われる。




資本主義と奴隷制 (ちくま学芸文庫)

資本主義と奴隷制 (ちくま学芸文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2020/07/10
  • メディア: 文庫



砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

  • 作者: 川北 稔
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/01/26
  • メディア: Kindle版



茶の世界史 改版 - 緑茶の文化と紅茶の世界 (中公新書)

茶の世界史 改版 - 緑茶の文化と紅茶の世界 (中公新書)

  • 作者: 角山 栄
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/11/18
  • メディア: 新書



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北村厚『教養のグローバル・ヒストリー』(ミネルヴァ書房) [歴史関係の本(小説以外)]

 ツイッター界隈では「#先生死ぬかも」というハッシュタグがトレンドになっていたが、授業と担任業務だけやればいいのであれば、教員の仕事はどんなにか楽しいものだろう。現在私は学年主任6年目で2度目の3年学年主任をしているが、今年はコロナ対策関連や新しい大学入試制度への対応その他の理由により、運営委員会や学年会その他諸々の打ち合わせ時間が例年以上に多い。実質的に一人で顧問をしているダンス部は熊本県高体連主催の熊本県学校ダンス発表会を5連覇中で、毎年夏には神戸の全日本高校・大学ダンスフェスティバルに参加している(今年は残念ながら中止となったが)。その準備も結構大変で、遠征5日間で約300万円かかるので金銭面での手続きや準備、県外遠征の申請などもある。(もっとも、「部活大変ですね」と言われたときは面倒くさいから「ええ、マジ大変ですよ、代わりにやってもらえませんか?」と返しているが、正直あまり大変とは思っていない。自分にとっては、アホな価値観が異なる教員と話す方がはるかに疲れる。)

 とまぁ50歳をすぎて主任になるといろいろと傍からは見えない仕事(これからの時期だと総合型選抜の指導や学校推薦型選抜の推薦書のチェック、学年生徒全員分の調査書チェックとか、挨拶に来る上級学校の対応とか、来週は「共通テスト出願説明会」の計画とか)も色々とあって空き時間もつぶれてしまう。結果として、授業も例年通りに「こなしていく」感じになっていくわけである。
 そういった中でも、「いい授業をしたい」という思いは人並みにある。今年は3年普通科文系3クラスのうち2クラスが全員世界史を選択してくれたので、しっかり授業をしないといけないと思うが、なかなかその余裕がない(ちなみに今の私の学年は、普通科理系・文系それぞれ3クラス、SSHクラス・専門課程英語科・専門課程理数科それぞれ1クラスの計9クラスである)。

 そういうときにどうするかというと、手っ取り早く「専門書ではなく、教科書よりもちょっと詳しい本」を読んで、授業で話すネタを探す。具体的に言うと、新書や山川の世界史リブレットのシリーズ。使えそうな話が全然ないこともあるが、それはそれで内容的には面白いことが多い。特にツイッター上で大学の先生のアカウントが薦めている本は基本「当たり」と思っていい。それをアマゾンで検索すると似たテーマの本が出てくるので、レビューを見ながらまとめて購入してみることもある。

 しかし困ったことに、時期によっては新書すら読む時間がないこともある。むしろそちらの方が日常かもしれない。そういった場合、授業準備としてやることは2つ。まず一つは、採用している教科書とは異なる教科書を読むこと。ウチは山川の『詳説世界史』を使っているが、東書と帝国の教科書には目を通すようにしている。本文はもちろん、コラムや註にも様々な発見がある。各社とも教科書の記述はかなり難しいので、読み込むと様々な疑問がでてくる。それを調べるのも面白い。

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 もう一つは、北村厚先生の『教養のグローバル・ヒストリー』(ミネルヴァ書房)を読むこと。この本の記述内容は基本教科書レベル(項目によってはプラスアルファ)であり、教科書の範囲を越える用語も少ない。乱暴な言い方をすれば、世界史の教科書から政治史を極力排除して、経済面での諸地域どうしのつながり(ネットワーク)という視点で再構成した本である。章立てを見ると、第1~4章で12世紀まで、以後13世紀以降は1世紀にそれぞれ1章、19世紀は前半と後半でそれぞれ1章に充てられている。目次では各章の小項目の内容が細かく示されているので、まずは目次でおおまかな内容を把握して、章単位に読むのが理解しやすいと思う。章単位で読んでもあまり時間はかからないが、どうしても時間が無いときは小項目単位でもよい。最近授業で使った話は、「第3章 東西の大帝国」中の小項目「1.唐帝国と東アジア秩序の構築」。なんとなく「中国の"周辺"諸国だし、"付け足し"でいいか」とごまかしてきた部分だが、吐蕃が果たした役割やこの時期の日本の立ち位置、羈縻政策の破綻と冊封体制による秩序の再建など、帝国書院の教科書に出ている阿倍仲麻呂の話(唐代の中国でを扱うより前に、「東南アジア」の項目で阿倍仲麻呂には触れておいた)と組み合わせて、結構よい話ができたと思う。

 『教養のグローバル・ヒストリー』を読むと、故宮崎市定先生の「歴史学とは要約する学問である」(「しごとの周辺」朝日新聞1988年1月12日掲載)という言葉を思い出す。宮崎先生は、要約すれば共通性や特徴が見えてくるという意味で「要約」の大切さを述べておられたと思うが、コンパクトにまとまった本書の内容は、「世界史探求」で示されている「諸地域の交流・再編」「諸地域の結合・変容」といった項目における比較や関連付けのヒントになるだろう。自分が持っている世界史の教科書を、異なる視点から読んでみたいという高校生でも十分ついていける内容だと思う。


教養のグローバル・ヒストリー:大人のための世界史入門

教養のグローバル・ヒストリー:大人のための世界史入門

  • 作者: 北村 厚
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2018/05/11
  • メディア: 単行本



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『世界史としての第一次世界大戦』(宝島新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 傑作ミステリー『その女アレックス』(早川文庫)の著者ピエール・ルメートルには、『天国でまた会おう』(早川書店)という第一次世界大戦と戦後のフランスを舞台にした作品がある。戦場で上官の不正を発見したアルベールと、戦場で彼を助けようとして顔の一部を失ったエドヴァールが、大規模な詐欺事件を通じて社会への復讐を実行しようとするストーリーだ。映画化もされたが、フランス映画らしいエスプリとアートワークの映像美が印象的な傑作である( http://tengoku-movie.com/ )。気は弱いが優しいアルベールと、屈折した才人エドヴァールとの友情、弱者に厳しい戦後社会を時に反発しながらも支え合って生きる二人の心の機微(下顎を失ったエドヴァールは喋れない)、そんな二人を取り持つかのような不思議な少女テレーズ、彼らの前に登場するかつての上官で悪辣なブラデル、実家は裕福なエドヴァールの父と姉、近づきたくはないけど愛すべき役人メルランなど個々の人間の描写が読みどころだが、この小説から伝わってくるのはフランスにとって第一次世界大戦がいかに大きな出来事だったかという点だ。それがあるからこそ、この作品は成立しているともいえる。木村靖二先生が『第一次世界大戦』(ちくま新書)の「はじめに」で述べておられる通り。

 第一次世界大戦の授業を一本つくりたいとかねがね思っていたが果たせず終いだったので、読書を再開した。最近読んだのが『世界史としての第一次世界大戦』(宝島新書)。「教科書よりもちょっとだけ詳しく第一次世界大戦のことを勉強したい」という私のような人間には最適の本だった。全部で10のトピックから構成されているが、面白かったのは、「第一次世界大戦とは何だったのか?」(中公新書『第一次世界大戦』の飯倉章先生)、「第一次世界大戦の原因を読み解く」(『経済史』の小野塚知二先生)、「日本にとっての第一次世界大戦」(熊本県高等学校地歴公民研究会に講演に来ていただいた日本史の山室信一先生)、「グローバリゼーションの失敗」(柴山桂太先生)の4本。「第一次世界大戦とは何だったのか?」はよくまとまった第一次世界大戦の推移。『歴史と地理』No.704で紹介されている第一次世界大戦の授業で示されている問いに対する答、「ぎりぎり連合国が勝つ」が実感できる。「ケンカを売った側(オーストリア)が売られた側(セルビア)よりも弱い」といった、所々で挿入されるコメントや数値データなども参考になる。
 次の第一次世界大戦の原因を読み解く」は、対話形式なのでわかりやすい。小野塚先生が述べられている点については、『歴史地理教育』2014年7月号(No.821:特集「第一次世界大戦100年:この号では山室信一先生も「現代の起点としての第一次世界大戦」という文を寄稿しておられる)における木畑洋一先生の「第一次世界大戦の基礎知識」(この記事にあるQ&Aの中には、授業でそのまま使えそうなものもある)でも「同盟間の対峙がそのまま戦争に結びついたわけではない」「ヨーロッパ各国における愛国主義の醸成」として触れられていたが、小野塚先生の説明でよりよく理解できると思う。この点を見落とすと、「第一次世界大戦は、なぜ、どのようにして発生したのか?」という問いに対して「三国同盟と三国協商の対立」とか「3B政策と3C政策の対立」という答で終わってしまいそうな気がするし、もしかすると「サライェヴォ事件」という答も出てくるかもしれない。三国協商と三国同盟の対立→サライェヴォ事件→オーストリアの対セルビア宣戦まで説明して、その次に「サライェヴォ事件が引き起こしたオーストリアとセルビアの戦争が、なぜ世界大戦に発展したのか」という問いを立てたほうがいいかもしれない。開戦当初は「まだ局地的な戦争であり、二度のバルカン戦争に次ぐ第三次バルカン戦争という程度ですむかもしれないものだった」(木畑洋一先生)のが、なぜ欧州大戦→世界大戦まで発展したのかという点も着目させたい
 第一次世界大戦の原因を考えるキーワードとして、小野塚先生は「ナショナリズム」「グローバル化」をあげている。「グローバル化」については柴山桂太先生も、「グローバリゼーションの失敗」を、戦争発生原因の一つとしてあげている。「グローバル化」という点に注目すれば、バルカン半島での局地戦→欧州大戦→世界大戦という拡大していった理由も見えてくるような気がする。またナショナリズムの醸成は大衆化やメディアの発達とも組み合わせられそうだ。第一次世界大戦の扱いも変えていかないといけないな....と思っている。

 1900年代の初めにドイツで作られたという義眼が手許にある。『天国でまた会おう』のエドヴァールのように、第一次世界大戦で負傷した人のために作られたものだという。妖しく冷たい美しさを感じるが、どんな人がどんな人のために作ったのだろう。100年前に異国でつくられたガラスの瞳は、戦争を経験した人の思いが残っているのか、なんとなく悲しげだ。

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世界史としての第一次世界大戦 (宝島社新書)

世界史としての第一次世界大戦 (宝島社新書)

  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2020/01/24
  • メディア: 新書



天国でまた会おう

天国でまた会おう

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/10/16
  • メディア: 単行本



天国でまた会おう[Blu-ray]

天国でまた会おう[Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2019/08/02
  • メディア: Blu-ray



天国でまた会おう[DVD]

天国でまた会おう[DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2019/08/02
  • メディア: DVD



天国でまた会おう[DVD]

天国でまた会おう[DVD]

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2019/08/02
  • メディア: DVD



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東京大学教養学部歴史学部会編『歴史学の思考法』(岩波書店) [歴史関係の本(小説以外)]

 東大教養学部で行われる12回の授業内容を収録した本。全部で12名の先生方が執筆しておられるが、共通点は東大の歴史学の先生というだけで、それぞれ専門の地域も時代も異なる。しかし、「歴史学的思考は現代社会を生きぬくうえで有用なスキルである」という共通認識の下で書かれており、全部でⅣ部12章構成だが読み進んでも統一感が感じられる。第Ⅰ部第2章では、「過去への問い→事実の認識→事実の解釈→歴史像の提示」という「歴史学の営み」が紹介されているが、高校新学習指導要領における「歴史総合」で想定されているのは、このプロセスのように思われる。第2章に加えて第Ⅱ部(「地域から思考する」)と第Ⅲ部(「社会・文化から思考するする」)を読むと、高校の授業科目である「世界史の授業」と大学における「歴史学の授業」との違いはより明確になる。私が高校生のころを振り返ってみると、世界史は各国史の寄木細工であり、その対象は各国の制度や組織、国どうしの戦争や外交といった表層で、心性や身体などの深層が扱われていた記憶はない。しかし現在ではグローバルヒストリーは常識となり、様々なネットワークにもとづく広狭様々な地域が高校世界史の授業でも扱われるようになった。昨年行われた九州高等学校歴史教育研究協議会では、伝説を通じて心性を考える高校世界史の授業も発表された。こうした変化は歴史学の成果を反映しているのだろう。まとめともいえる最終章では歴史学の有用性について語られているが、自分の授業で他者を理解する能力が育成されているかというと、心もとない。それどころか逆に作用したことの方が多かったかもしれない。それを意識したのは、『地域から考える世界史』で触れた経験だが、今の自分の関心は自分たちの閉じた認識をいかに開かせていくかという点にある。それは歴史学的思考により可能となるのかもしれない。「映画や小説と教科書の橋渡し的な授業」を自分の授業で目指してきた私には、歴史を学ぶ意義のひとつとして「歴史学的な思考の有用性」という点で、有益な一冊であった。

 これまで読んだ本に対する理解が深まったことも、この本を読んでよかったこと。歴史を学ぶことの有用性については、ともにマルク・ブロックのことばが引用された、小田中直樹先生の『歴史学って何だ?』(PHP新書)と、平成30年度学習指導要領改訂のポイント』(明治図書)掲載の村瀬正幸先生による「歴史総合」の解説。福岡大学人文学部歴史学科西洋史ゼミ編著『地域が語る世界史』(法律文化社)は、第Ⅱ部で示されている思考法にもとづいて行われた研究成果をまとめた論文集で、第10章で紹介されているサバルタン研究(サバルタン・スタディーズ)が「せめぎあう地域」という文脈で紹介されている。第4章について、章末にもあげられている足立啓二先生の『専制国家史論』(柏書房)は、現職で派遣された鳴門教育大学時代に、小浜正子先生の授業で講読した本。「民族も国境も越えて」というサブタイトルがつけられた杉山正明先生の『遊牧民から見た世界史』(日経ビジネス文庫)は、増補改訂版が出ているらしい。同じく第4章関係では『新しい世界史へ』(岩波新書)の著者、羽田正先生には昨年九州高等学校歴史教育者協議会(九歴協)大会が熊本で開催された折に講演に来ていただいた。「30年後を生きる人たちのための歴史」という演題でお話していただいたが、「主権国家や国民国家という西洋近代で生まれた概念が、実は日本列島に住む人々にとって異質なものではなく、それまでに十分に慣れ親しみ容易に理解できるものだったのではないか」という指摘は、第4章のテーマそのものとつながる気がする。「帝国」というキーワードがたびたび登場するが、鈴木薫先生が『オスマン帝国』(講談社現代新書) で指摘した「柔らかい専制」は、第4章(71㌻)や第5章(83㌻以下)との関連で興味深い。第6章では、国民国家は帝国主義と親和性が高いことが指摘されているが(97㌻)、このことについては大澤広晃先生の『歴史総合パートナーズ⑧・帝国主義を歴史する』(清水書院)を手がかりにもう一度考えてみたい。本書全体にかかわるテーマをヨーロッパを例に示したのが、故ジャック・ル・ゴフ先生の『子どもたちに語るヨーロッパ史』(ちくま学芸文庫)。

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 第4章は、「お国はどちら?」という問いから始まるが、私が大学(熊本大学教育学部)で最初に受けた「西洋史概説」の授業でもこの問いが鶴島博和先生から投げかけられた記憶がある。日本語の「国」に相当する英単語は複数あるが、「state」はこの問いの「お国」のニュアンスではないか、という話だったような気がする。その後鶴島先生のゼミにはいってからは、3年生でGeoffrey Barracloughの「The Crucible of Europe:The Ninth and Tenth Centuries in European History」、4年生ではOtto Brunnerの「Das Problem einer europäischen Sozialgeschichte」(邦訳あり)を読んだ。午後3時に始まったゼミが夜9時まで続いたこともあったが、教員になって10年目に派遣された大学院で田中優先生のご指導のもと、Gerhard Oestreichの「Ständetum und Staatsbildung in Deutschland」(邦訳あり)などそれなりに文献が読むことができたのは学部生時代の経験があったからだと感謝している。学部生時代、当時福岡大学商学部教授だった田北廣道先生からたくさんの文献をお借りしたが、その中にH. Dannenbauerの「Die Entstehung des Territoriums der Reichsstadt Nürnberg」という1928年に発行された本(のコピー:田北先生を通じてドイツから送っていただいた)があったが、辞書にも載っていない単語が出てきた。最初はなんだかわからなかったが、声に出して読んでみて、ようやく解った。「i」が「y」になっていたのである。故阿部謹也先生の『自分の中に歴史をよむ』(筑摩書房)の中に古文書が読めなくて苦労したとき「とにかく声に出してよむことだと(上原専禄)先生はいわれたのです。」という記述があるが、それを実感したのがその時だった。平成9年に九州高等学校歴史研究協議会の第26回大会が熊本県人吉市(私の初任の地)で開催された際、当時一橋大学学長だった阿部先生に講演に来ていただいたのは、大変うれしいことであった。その後九歴協では網野善彦先生(大分大会)、川勝平太先生(熊本大会)、川北稔先生(大分大会)、加藤陽子先生(宮崎大会)、本書第4章を執筆している杉山清彦先生(大分大会)、千田嘉博先生(宮崎大会と長崎大会)など、多くの先生方に講演をしていただいた。有難いというほかない。

「はじめに」での金田一耕助や、11章での澁澤龍彦は私のツボだった。茶木みやこの「まぼろしの人」の歌詞は、全部覚えている。

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東大連続講義 歴史学の思考法

東大連続講義 歴史学の思考法

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2020/04/25
  • メディア: 単行本



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R.P.ファインマン『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(岩波現代文庫) [歴史関係の本(小説以外)]

 有賀夏紀『アメリカの20世紀(上)』(中公新書)では20世紀アメリカの特徴として、「知的探求体制」というシステムが指摘されている。それは「ひと言でいえば、企業、政府、教育・研究機関一体となって、科学的知識・技術を活用して、社会の発展を推進していくようなシステム」である(75~79㌻)。コロナウイルス関係でよく耳にする、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学(日本ではホプキン「ス」と表記されることが多いが、どちらが正しいのだろう)などはその好例。

 「知的探求体制」の項目を読んでいてはたと思い出したのが、リチャード・ファインマンの自伝『ご冗談でしょう、ファイマンさん』だった。リチャード・フィリップス・ファインマン(1918~1988)は、1965年、朝永振一郎らとともにノーベル物理学賞を共同受賞したアメリカの科学者で、第二次世界大戦中はマンハッタン計画にも関わった。マサチューセッツ工科大学からプリンストン大学の大学院に進学し、ロスアラモス研究所でマンハッタン計画に関わり、戦後はトーマス・エジソンが設立したGE(ゼネラル・エレクトリック社)に勤務、カリフォルニア工科大学の教授としてノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンこそ、アメリカの「知的探求体制」を最もよく示す人物だと思われる。

 『ご冗談でしょう、ファインマンさん』は、前書きにもあるようにファインマン本人から聞いた話を彼の友人が編集したもので、純然たる自伝ではない。しかし、「僕」という一人称で書かれ、またエピソードが時系列に並んでいるため、とても読みやすい。当然物理学に関する話も出てくるが、解らなくてもとくに問題はない。邦訳も読みやすく「こいつはべらぼうな話だ」「あったりめえよ!」など江戸っ子みたいな口語表現が、いたずら好きでユーモアがありながら時々頑固なファインマンの人柄をよく伝えている。
 ファインマンの両親は東欧からの移民の子孫で、ユダヤ教徒だった。そのせいかもしれないが、マサチューセッツ工科大学時代やノーベル賞授賞式でのエピソードでは、周囲の階級意識への反発を感じさせる部分もある。世界史の教員として面白かったのは、ギリシアの喜劇作家アリストファネスの『蛙』に関する話(ノーベル賞授賞式後の「カエル勲章」は有名だが、もらった人がカエルの鳴き真似をするというのは「ノーベルのもう一つの間違い」で初めて知った)と、マヤ文明の話(「物理学者の教養講座」)だったが、一番心に残っているのは「下から見たロスアラモス」だ。これは大学での講演記録だが、自らは「下っ端」だったと言いながらも「とんでもないモノをつくってしまった」という悔恨が伝わってくる。ノーベル賞晩餐会での日本外交官とのやりとりや、日本を訪れた際の言動(「ディラック方程式を解いていただきたいのですが」)にはロスアラモスでの経験があったのかもしれない。最後の「カーゴ・カルト・サイエンス」(大学の卒業式の式辞)とともに、「科学者とはどうあるべきか」というリチャード・ファインマンの考えがよく伝わってくる章だと思う。それは「知的探求体制」の恩恵を受けてきたファインマン自身、このシステムを必ずしもよしとしていたわけではないことも示している。


ご冗談でしょう,ファインマンさん 上 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう,ファインマンさん 上 (岩波現代文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版



ご冗談でしょう,ファインマンさん 下 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう,ファインマンさん 下 (岩波現代文庫)

  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/12/18
  • メディア: Kindle版



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