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有賀夏紀著『アメリカの20世紀(下)』(中公新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 下巻が扱うのは1945~2000年、東西冷戦から9.11まで。後半部分は1966年生まれの私自身リアルタイムに体験した時代で、それ以前の時期もNHKで放送された『映像の世紀』などで記憶がある内容だった。授業で戦後の話をするとき、出来事の前後関係や因果関係がなかなか分かりづらい。アメリカという場所を一定にして、それぞれの大統領の時代を軸に叙述されているために流れが把握しやすい。
 「20世紀はアメリカの時代」だが、アフリカ系を初めとするマイノリティに関わる問題には、多くのページが割かれている。現在でも、アメリカ国内でコロナウイルス感染症で亡くなるのは白人よりも黒人が多いという。アメリカではインスタカートなど、買い物代行の需要が急増しているらしいが、感染するリスクを冒して買い物を実際に行う従業員(ショッパー)の多くは、マイノリティだという統計も目にした。授業ではサイモン&ガーファンクルの「私の兄弟」と、ボブ・ディランの「ハリケーン」を聴かせている。

 ケネディとジョンソンという2人の大統領に象徴される第7章「激動の時代」が、最も印象的深い。キューバ危機、ベトナム戦争、公民権運動、フェミニズム、ヒッピーなど授業でも扱うトピックにこと欠かないからだろう。ただ、政治や社会、経済、文化という一見異なるカテゴリーでのトピックに見えるこれらの動きが、無関係に展開したのではなかったことはぜひ伝えておきたいと思っている。2007年の東京外大の二次試験世界史で、このことに関する問題が出題された。センター試験の世界史Aでもウッドストックが出題されている。

『アメリカの20世紀(下)』の最も熱い部分を網羅している映画が、ロバート・ゼメキス監督&トム・ハンクス主演の『フォレスト・ガンプ』。ケネディ・ジョンソン・ニクソンの時代のアメリカを描いた永遠の名作。私は自分の授業で目指しているのは、『フォレスト・ガンプ』や『さらば、わが愛 覇王別姫』のような映画を楽しむことができる知識と感性を持った人になってくれること。できれば退職までにこの2本の映画をノーカットで使って、戦後世界史を語る授業をやってみたい。それだけの力を注ぐ価値のある2本だと思う。

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 大型連休中、S&Gの『水曜の朝、午前3時』とボブ・ディランの『欲望』を聴き、デンゼル・ワシントンの『ハリケーン』と『マルコムX』、そして『フォレスト・ガンプ』を見た。こうした音楽や映画が受け入れられる点こそ、「20世紀はアメリカの時代」だったことを示していると、改めて思う。「アナログ盤は外側の方(A面やB面の1曲目)が、内側の曲よりも音がいい」そうだが、「私の兄弟」はB面の1曲目だ。


アメリカの20世紀〈下〉1945年~2000年 (中公新書)

アメリカの20世紀〈下〉1945年~2000年 (中公新書)

  • 作者: 有賀 夏紀
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2002/10/01
  • メディア: 新書



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有賀夏紀『アメリカの20世紀(上)』(中公新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 「13世紀はモンゴルの時代、17世紀はオランダの時代、19世紀はイギリスの時代、そして20世紀はアメリカの時代」というフレーズを時々授業で使う。本書の前書きにもあるように、「20世紀はアメリカの時代」だったと思う。上巻は1890年代(20世紀前夜)から1940年代(第二次世界大戦勝利)までを扱っているが、国際関係は最小限でおもにアメリカ国内の社会や経済の動きや変化に主眼を置いているのでわかりやすい。特に印象に残ったのがアメリカ社会を理解するためのキーワードとして、文化や価値観における「ネイティヴィズム」(47㌻)と社会システムとしての「知的探求体制」(76㌻)の2つ。今のアメリカでも、トランプ大統領が一定の支持を受けていることや、GAFAやFAANGの興隆とファーウェイへの圧力などを考えれば、なるほどと思った。

 トピック的にも興味深い話をいくつか。
(1)エレノア=ローズヴェルトの活動
 フランクリン=ローズヴェルトの妻。2012年のセンター試験世界史B追試で「黒人や女性,失業者などの権利や福祉について関心の高かった彼女は,ニューディールの様々な政策に関して頻繁に夫に助言した。」と取り上げられた。女性や黒人への言及が多いのも、この本のよかった点。

(2)社会進化論(ソーシャル・ダーウィニズム)の受容
 これまで私はヨーロッパの帝国主義の文脈で社会進化論に触れてきたが(2005年の京大世界史二次試験問題のイメージ)、アメリカ国内社会における影響という点には目が向かなかった。アメリカにおける社会進化論は、移民として成功したカーネギーら富裕層と貧しい階層との格差社会を正当化するための理論として機能したが、一方でスペンサーの支持者が日本でも多かったことは興味深い。また大富豪と貧しい階層との間の中産階級には、清潔感という観念がでてきた点もこれまた興味深い。先日読んだ『寄生虫なき病』では、イギリス社会がクリーンさを求めるようになったのは産業革命によって悪化した環境を改善するという必要に迫られた結果としていたが、19世紀のアメリカについても「不潔の国」(『寄生虫なき病』59㌻)だったという記述がある。人々が清潔感を求めるようになったことから石鹸の需要も増大するが、P&Gといった大企業の成長とともに、石鹸の原料となるパームやしの産地であるコンゴでは厳しい抑圧が始まる(『世界史100話』)。まさしく世界システム。

(3)この時期のアメリカを描いた映画
 2本の映画が取り上げられている。ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演の『怒りの葡萄』はよく知られているが、もう一本『わが街セントルイス』もいい映画だ。本書では原題の「丘の王者」というタイトルで紹介されているが、若き日のエイドリアン・ブロディ(ポランスキーの『戦場のピアニスト』の主演)が主人公の少年を助ける役で好演している。『怒りの葡萄』が農民の生活を描いていたのに対して、『わが街セントルイス』は都市部の格差社会を描いている。ブルース・スプリングスティーンが、『怒りの葡萄』の主人公の名前を冠した『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』というアルバムをリリースしたのは1995年。90年代のアメリカは、30年代のような時代だったのだろうか。

 吉田美奈子に『FLAPPER』(1976年リリース)というアルバムがある。バックの演奏は伝説のグループ、テイン・パン・アレー(細野晴臣・松任谷正隆・鈴木茂ら)で、コンポーザーは矢野顕子・大瀧詠一・山下達郎といったアーティストが参加したJ-POPの名盤。「FLAPPER」という曲は収録されていないので、アルバムタイトルに込められた意味は不明であるが、20世紀初頭アメリカで旧来の価値観にとらわれず自由に生きようとした女性たちを指した言葉だという。飛び立とうとする女性という意味のタイトルだったのかもしれない。

 大型連休中、スプリングスティーンの『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』とトム・パチェコ&ステイナー・アルブリグトゥセンの『ノーバディーズ』(「テディ・ルーズヴェルト」という曲が収められていて、訳者の許可をいただいて授業で日本語訳を使わせていただいている)を聴き、そして『わが街セントルイス』と『怒りの葡萄』を見た。こうした音楽や映画が受け入れられる点こそ、「20世紀はアメリカの時代」だったことの証左なのかも?と思ったりもする。

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『わが街セントルイス』で主人公をいじめるホテルの従業員が使っている時計がウォルサムで、主人公の父親が職を得た会社がハミルトンというのは面白い。





アメリカの20世紀〈上〉1890年~1945年 (中公新書)

アメリカの20世紀〈上〉1890年~1945年 (中公新書)

  • 作者: 有賀 夏紀
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2002/10/01
  • メディア: 新書



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飯島渉『感染症と私たちの歴史・これから』(清水書院) [歴史関係の本(小説以外)]

 清水書院発行のシリーズ「歴史総合パートナーズ」の一冊『感染症と私たちの歴史・これから』は、欧米の視点から書かれているウィリアム・マクニールの『疫病と世界史』をヒントに、日本の視点(時代区分やトピック)から書かれた本である。100㌻に満たない本なので概説書として手軽に読むことができる。新型コロナウイルスが世界中で蔓延している現在、読んでみて損はない。

 この本にでは様々な感染症が取り上げられているが、なかでも天然痘は「コロンブス交換」の結果、大航海時代に新大陸のインディオ人口を激減させた病気として世界史の授業でも取り上げられるメジャーな感染症だろう。マンガ『MASTERキートン』では、「ハーメルンの笛吹男」伝説とナチスのホロコーストと絡めて、ロマ(ジプシー)が天然痘の抗体を各地に広めたという仮説が紹介されていた。具体的な病状としては、これまで発疹が出る程度の知識しかなかったが、『感染症と私たちの歴史・これから』に出てくる天然痘を示す言葉「瘡」という文字を漢和辞典(学研『漢字源』)で調べてみると、「かさ・できもの・はれもの」「きず、切りきず、きずあと」といった意味が出てくる。また「痘」には「皮膚に豆粒大のうみをもったできものができて、あとを残す」とある。「痘瘡」の症状がなんとなく分かるが、「あばたもえくぼ」の「あばた」は「痘痕」と書くので、日本でもなじみ深い感染症だったのだろう。

 天然痘はWHOにより撲滅宣言が出されたが、現在でも多くの人が命を落としている感染症がマラリア。私もこの本で初めて知ったが、エイズ・結核と並んでマラリアは現代でも「3大感染症」の一つであり、2015年にノーベル賞の生理学賞・医学賞を受賞した屠ユウユウ氏(中国:ユウは口偏に幼「呦呦」)の受賞理由は、「マラリアに対する新たな治療法に関する発見」だった。中国で熱帯に近い南部は昔からマラリアの多発地域だった。

 中国の広東省一帯は,古くは「瘴癘の地」として,人々から恐れられる土地であった。瘴癘とは,熱帯・亜熱帯に生息する蚊が媒介する,マラリアの一種と考えられる。その一方で,この地の沿海部にある広州は,古くは)南越の都があった場所で,南海貿易の拠点として発展し,唐代には中国で最も重要な対外貿易港の一つとなった。明末以降,沼沢や山林の開発が進み,人間の生活圏から蚊の生息地が減少すると,「瘴癘の地」というイメージは薄らいだ。清代の広州は欧米諸国との貿易港として発展し,医療を含め,西洋近代文化が中国に浸透する窓口となった。
2008年度 センター試験世界史B 追試験第3問B


 屠ユウユウ氏(彼女の名前は『詩経』の一節に由来するという)の経歴は大変興味深い。彼女が生まれたのは、満州事変勃発の前年である1930年。抗日戦争後、文革とベトナム戦争、改革開放などを経験した彼女の伝記は、そのまま中華人民共和国の歴史のようだ。

 屠ユウユウ氏を含め、マラリアに関する研究に対して与えられたノーベル生理学・医学賞はこれまで4件あり(1902年、1907年、1927年、2015年)、人類がいかにマラリアに苦しめられてきたかがよくわかるが、このうち1927年に受賞したユリウス・ワーグナー=ヤウレック(オーストリア)の研究は「毒をもって毒を制する」ユニークな治療法。梅毒患者を人工的にマラリアに感染させ、マラリアによる高熱で梅毒の病原菌トレポネーマを死滅させたのち、次にキニーネを投与してマラリア原虫を死滅させるというものである。当時としては画期的な治療法だったが危険性が高く、抗生物質が普及した現在では行なわれていないという。

 マラリアで死んだ有名人は多く、Wikipediaの「マラリアで死亡した人物」にはアレクサンドロス大王やピューリタン革命のクロムウェルをはじめ、一休さん、平清盛、ツタンカーメン、アフリカ探検のリヴィングストンなどが紹介されている。そのほかローマ教皇アレクサンドル6世(チェーザレとツクレツィアのボルジア兄妹の父)や在位最短(12日間)のローマ教皇ウルバヌス7世も死因はマラリアだったとされる。さらにアレクサンドル6世の次に教皇となったユリウス2世と彼の保護を受けたミケランジェロ、そしてメディチ家出身の教皇レオ10世と彼の保護を受けたラファエロの死因についてもマラリア感染症だったという説があり、新型コロナウイルスの罹患者も多いイタリア、感染症ウイルスに適した要因でもあるのだろうか?

 マラリアの特効薬として知られるキニーネは、南米アンデス地方原産のキナの木から原料が採取される。このキニーネはイエズス会の宣教師によりヨーロッパに持ち込まれたことから、プロテスタントであるクロムウェルはキニーネの服用を拒否したことが致命的だったらしい(D.R.ヘッドリク『帝国の手先』日本経済評論社78㌻)。キニーネは苦く、カクテルの一種ジントニックにも味付けにも使用される。映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』(馬志翔監督、2014年、台湾)の冒頭、フィリピンへ向かうため台湾に来た陸軍大尉錠者博美は、基隆で多くの将兵がマラリアに罹患している状況を目にするが、彼にキニーネを渡す軍医がわざわざ「苦みのない」と付け足しているのはそのためである。

 アフリカ大陸はマラリアが蔓延していたためヨーロッパ人が内陸部まで進出するのは困難であったが(アフリカには鎌状赤血球症というマラリアに耐性を持つ貧血症が多い)、キニーネの普及はアフリカの植民地化を加速した。D.R.ヘッドリクは、「(アフリカ争奪戦は)汽船、キニーネ予防薬、そしてこれからみるように、速やかに射撃のできるライフル銃との結合の結果」と述べているが(『帝国の手先』87㌻)、まさに『銃・病原菌・鉄』(ジャレ・ド・ダイヤモンド)である。よく知られたセシル=ローズの風刺画が示す運輸・通信手段(東京大学の2003年の入試)や軍事技術と同様、医療技術もアジアやアフリカの植民地化を促進したということになる。『感染症と私たちの歴史・これから』では、「身体の植民地化」という言葉で、「医療や衛生が植民地主義の最も重要なツールだった」ことが指摘されている。逆に征服される側からみれば、感染症によって護られてきたとも言える。橋本雅一『世界史の中のマラリア』(藤原書店)の中で著者は「マラリアはわれわれの強い味方だ。収奪者は震え上がり、侵略者は逃げ出す。」というアフリカの学生の言葉を紹介し、「近代と前近代、文明と未開、都市と辺境、富と貧困、強者と弱者....マラリアは、多くは前者によって優劣を決定され、対立を明確にされてきたこれらの項目の後者の側にぴったりと寄り添って生きのびてきた病気だったかもしれない」とも指摘している。

 マラリアが、ヨーロッパ人が訪れる以前の新大陸にも土着していたかどうかについて、『世界史の中のマラリア』は、新大陸にはなかったという立場をとっている。その根拠として、スペイン人によるインカ帝国やアステカ王国の征服がマラリアによって阻害されなかったこと(当時のヨーロッパ人はキニーネの存在を知らなかった)、そしてインカやアステカの滅亡からヨーロッパへのキニーネ伝来(1630~40年代)まで一世紀を要していることなどをあげている。時期的には、人口が激減したインディオの代替労働力として導入されたアフリカ系の奴隷によって新大陸に持ち込まれたと考えるのが妥当で、その意味では「キナ樹皮のマラリア特効薬としての用法は、征服者にとって以上に、被征服者にとってこそ"発見"だったのではないだろうか」(『世界史の中のマラリア』104㌻)という指摘には考えさせられる。

 植民地の拡大につれ、キニーネの需要は増大する。ルシール・H.ブロックウェイ『グリーンウェポン―植物資源による世界制覇』によると、イギリスの王立植物園キューガーデンがイギリスの帝国主義に果たした役割は大きい。キューガーデンには世界中から有用な植物が集められ、品種改良や生育に適した環境の調査が行われた。そしてイギリスの植民地で生育に適した地域に移植され、プランテーションでの大量生産が行われたのである。キニーネもそのひとつで、ペルーからインドやセイロン島に移植された(こうした有用植物は、他に茶やゴムがあげられる)。帝国書院の教科書『新詳世界史』の「19世紀前半 世界の工場イギリスと世界システム」のページではキューガーデンの写真が使われ、「植民地の植物園とのネットワークを生かして世界中の植物が集められ、品質改良がほどこされた。その結果、「中核」にとって有効な植物は「周辺」の環境に深刻な影響を与えることもあった」というキャプションがついていた(現在はインドで栽培された茶を象が運んでいる写真に変更されている)。キニーネを化学的に合成しようとする科学者も多く、イギリス・ヴィクトリア時代の化学者ウィリアム・ヘンリ・パーキンもそのひとりだった。彼は当初キニーネの人工合成を目指して研究していたが、実験の失敗によって生成した沈殿物から紫色の合成染料(アリニン染料)が生産されるようになり、それまで「王侯貴族の色」であった紫が一般にひろがる契機となった(『世界史の中のマラリア』148㌻)。1862年のロンドン万国博覧会で、ヴィクトリア女王が着用していたのは、パーキンの開発した人工染料モーブ(Mauve)で染色された絹のガウンだったという。世界史の教科書にはよく藍がアジアの産物としてでてくるが、藍に代表される天然染料は、キニーネの合成がうまくいかなかったことがきっかけで合成染料に取って代わられることになったのである(社団法人日本化学工業協会「化学はじめて物語」 https://www.nikkakyo.org/upload/plcenter/349_371.pdf 6㌻)。

 『感染症と私たちの歴史・これから』では、日本におけるマラリアの流行とその撲滅についても触れられているが、戦争と関係深いことは興味深い。現在の日本では土着のマラリアは撲滅されているが、マラリア原虫を媒介するハマダラカは現在でも日本に生息している。地球温暖化などの気候変動により再流行する可能性もある(環境省による啓発パンフレット「地球温暖化と感染症」 http://www.env.go.jp/earth/ondanka/pamph_infection/full.pdf 14㌻)。

 2020年3月19日のAFP通信は、「新型コロナウイルスの影響によりイタリア全土で封鎖措置が敷かれる中、水の都として世界的に知られる同国のベネチア(Venice)では、観光客の出すごみがなくなり水上交通量もほぼ皆無となって、きれいに澄んだ運河の水が住民の目を楽しませている。」と伝えている[https://www.afpbb.com/articles/-/3274147]。またCNNなどは「新型コロナウイルスによる経済活動を制限したことにより、中国の大気汚染が大きく解消された」とも伝えている。もし地球温暖化がマラリアの大規模な流行を招来するとすれば、感染症の流行は地球自身の自己防御作用なのではないか、という気がしてくる。果たして人類は、地球上から感染症を撲滅することができるのだろうか?


【マラリアに関するエピソード】
感染制御のための情報誌『Ignazzo』「マラリアのはなし」 https://bit.ly/2U2xy3V
イタリア研究会「マラリアはローマの友達」 https://bit.ly/2UjKP76
厚生労働省検疫所FORTH https://www.forth.go.jp/useful/malaria.html


歴史総合パートナーズ 4 感染症と私たちの歴史・これから

歴史総合パートナーズ 4 感染症と私たちの歴史・これから

  • 作者: 飯島 渉
  • 出版社/メーカー: 清水書院
  • 発売日: 2018/08/23
  • メディア: 単行本



世界史の中のマラリア―微生物学者の視点から

世界史の中のマラリア―微生物学者の視点から

  • 作者: 橋本 雅一
  • 出版社/メーカー: 藤原書店
  • 発売日: 2020/03/21
  • メディア: 単行本



グリーンウェポン―植物資源による世界制覇

グリーンウェポン―植物資源による世界制覇

  • 出版社/メーカー: 社会思想社
  • 発売日: 2020/03/21
  • メディア: 単行本



帝国の手先―ヨーロッパ膨張と技術

帝国の手先―ヨーロッパ膨張と技術

  • 出版社/メーカー: 日本経済評論社
  • 発売日: 1989/08/01
  • メディア: 単行本



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村上陽一郎『ペスト大流行』(岩波新書) [歴史関係の本(小説以外)]

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 新型コロナウイルス感染症の流行により、カミュの『ペスト』が売れているという。
https://toyokeizai.net/articles/-/335178
https://mainichi.jp/articles/20200227/k00/00m/040/366000c

カミュの作品は、ペストに立ち向かう人々を通じてこの世の不条理さを描いたフィクションだが、同じくペストを扱った村上陽一郎の『ペスト大流行』(岩波新書)もまた注目されているらしい(アマゾンのマーケットプレイスでは2020年3月9日の時点では最低5000円で出品されているが、近々再刊されるとのこと)。ということで30年ぶりくらいに再読。

 この本には「ヨーロッパ中世の崩壊」という副題がついており、ペスト大流行の実態と人々の対応を跡づけ、この病気の流行が後世にどのような影響をもたらしたかを論じたものである。隔離政策の開始(当時の隔離は、ハンセン病患者のように遺棄に近いものであった)、ペスト蔓延の原因と見なされたユダヤ人への迫害、宗教的情熱の高揚(宗教改革につながる)などは短期的な影響であるが、長期的には農民の地位の向上に伴う荘園制度の崩壊をもたらし、ヨーロッパが資本主義へと舵を切るきっかけになったとも言える。2000年度のセンター試験世界史B(追試)第4問Aのリード文は、黒死病(ペスト)の流行についてよくまとまった文章だと思う。

 1347年秋にマルセイユ等の地中海沿岸都市から上陸した黒死病(ペスト)は,その後全ヨーロッパで猛威を振るった。人々は,有効な治療法を知らず,病人との接触を避ける以外に予防手段を持たなかった。そしてひたすら神に祈るかと思えば,むち打ち苦行団に加わり,あるいは恐怖のはけ口を求めてユダヤ人大虐殺を引き起こすなど,パニック状態に陥った。この時の流行で3000万とも言われる死者を出したペストは,その後も流行を繰り返し,ヨーロッパの人口の回復を妨げた。イギリスとフランスでは,これに百年戦争も重なって,すでに進行しつつあった荘園制の危機に拍車がかけられることになった。


ペストの流行が封建社会の衰退をもたらしたという点については高校世界史の教科書にも記述がある。村川堅太郎・江上波男・山本達郎・林健太郎の諸先生が名を連ねておられた時代の『詳説世界史』(山川出版社)の記述。

【1985年版】
「たまたま1348年を中心に黒死病(ペスト)が西ヨーロッパをおそい、農村人口は激減した。領主は農村の労働力確保のため、農民の待遇改善をはかった。そのため農民の生活はますます向上し、貨幣をおさめるだけでよい独立自営農民に上昇していった。特に貨幣地代のもっとも普及していたイギリスでは、農民の地位の向上が著しかった。」

【1991年版】
1985年版と同じだが、「黒死病」が太字となり、独立自営農民に「(ヨーマン)」とカッコ書きが加わっている。

【1997年版】
「たまたま1348年を中心に黒死病(ペスト)が西ヨーロッパで流行し、農村人口が激減すると、領主は農民の確保のため、彼らの身分的束縛をゆるめるようになった。こうした農奴解放の動きとともに、農民の地位は高まって、彼らはしだいに自営農民に上昇していった。この傾向は、もっとも貨幣地代が普及したイギリスで著しく、かつての農奴はヨーマンと呼ばれる独立自営農民に上昇したのである。」

 現行の『詳説』の記述と比べると、ペストの役割が強調されているように感じる。現行版では「1348年」という年代も、なくなっている。

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 14世紀のヨーロッパで流行したペストのルーツについて、村上陽一郎『ペスト大流行』では中国や中央アジアなど複数の説を紹介しているが、いずれにせよ他地域から交易ルートに乗ってもたらされたという点では同じである。そのうちの中国から伝わったという説については、13世紀にモンゴルによってユーラシアの東西が結ばれた結果、アジアからヨーロッパにペストがもたらされたともいわれている。ウィリアム・マクニールという研究者は、その著書『疫病と世界史』(佐々木昭夫訳、新潮社)の中で「ヒマラヤ山麓に根を下ろしていたペストは、モンゴルの征服活動の結果中国に広がり(中国では1331年にペストが流行している)、その後交易ルートに乗ってクリミアに至り、1348年のヨーロッパにおける大流行をもたらした」と述べている。フビライが雲南の大理を征服するのが1254年なので、計算上ムリはない。ジャネット・アブー=ルゴド女史も、『ヨーロッパ覇権以前(上)』(岩波書店)の中で、「マクニールの推論を確証する十分なデータはないが(反証するデータもまたない)、彼の説は説得力があり、すべてとは言わないが少なくとも一部は証拠づけられている。」と賛意を示している(219ページ)。このモンゴル説は、ある予備校の東大模試に使われたこともある。リード文でボッカチオの『デカメロン』におけるペスト流行の描写を引用した上で、「古代よりペストの流行は幾度か発生しており、多くの文献にもその様子が記されている。しかし、かつてこれほどに迅速かつ広範囲にペストが広まったことはなかったし、多くの犠牲者が出たこともなかったのである。14世紀半ばのヨーロッパを襲った危機的な状況は、単に一地域での事象にとどまらず、より巨視的な視点の上で理解されるべきである。」と述べ、解答例では「....モンゴル帝国による駅伝制の整備や十字軍を契機とする西欧の遠隔地商業の発達により、ユーラシア全域に渡る交易網が形成されており、これらがペストの被害を拡大した。」としている。最近でも北村厚先生の『教養のグローバル・ヒストリー』(ミネルヴァ書房)では「ペストはモンゴル帝国のユーラシア・ネットワークにのって西に伝わった。ペスト菌を媒介するネズミやノミが遠方の都市に到達することは、従来ありえなかったが、モンゴルのつくったジャムチは、ペスト菌の遠隔移動を可能にした。」とされている。この仮説が正しいとすれば、西欧封建社会の解体にモンゴルも一役買ったということになるが、一方でモンゴル研究の権威、杉山正明先生はマクニール説に懐疑的だ。曰く「すくなくとも、モンゴル帝国の東から西へ、はるばると旅をしてきた黒死病が、クリミアをへて、ついに西欧に達したというマクニールのシニカルな説は、根拠なしなら誰でも考えつきそうな仮説の一つとして、つまりは一種のジョークとして、なおいまだ、真に受けるにはおよばない。」(『大モンゴルの時代』中央公論社、232ページ)。
 
 ところでこの『ペスト大流行』には「14世紀のペスト大流行の時期には、バッタによる激しい蝗害があった」という興味深い記述がある(57㌻~)。昨年からアフリカにおけるバッタ被害が報道されており、いよいよアジアに迫っているというが、奇妙な符合である。本書では14世紀のペスト大流行に拍車をかけたのは、蝗害や洪水・気候変動による食糧の不足による栄養状態の低下であったとも指摘されている。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56324260T00C20A3FF8000/
https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20200307-00166447/

 果たして新型コロナウイルス感染症は、ペストのように大きな変動をもたらすのだろうか?



ペスト大流行―ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

ペスト大流行―ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

  • 作者: 村上 陽一郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1983/03/22
  • メディア: 新書



疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/12/01
  • メディア: 文庫



疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)

疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/12/01
  • メディア: 文庫



教養のグローバル・ヒストリー:大人のための世界史入門

教養のグローバル・ヒストリー:大人のための世界史入門

  • 作者: 北村 厚
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2018/05/11
  • メディア: 単行本



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リチャード・ベッセル著(大山晶 訳)『ナチスの戦争 1918~1949』(中公新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 大木毅著『独ソ戦』(岩波新書)では、ナチスの戦争が「収奪戦争」から最後には「世界観戦争(絶滅戦争)」へと向かっていったことが述べられていた。本書のタイトルには「1918-1949」とある。ヒトラー政権成立(1933)から敗戦(1945)までではない。第一次世界大戦の終わりが、ナチスの戦争の始まりであり、一方ナチスの戦争の終わりは、第二次世界大戦の敗戦によりもたらされた苦難の始まりであった。ナチスの戦争が絶滅戦争となる道は、第2次世界大戦開戦前からすでにあったと言える。ヒトラーはドイツ人による民族共同体建設をめざしたが、それはドイツ人の幸福のため他民族を隷属させて搾取することと「劣った民族」の絶滅につながり、それらを実現するための手段が戦争であった。こうした「ナチスの戦争」という視点から、ナチスの時代を叙述した本であり、ナチスの本質が戦争と人種主義であったことがよくわかる。国防軍最高司令官だったヒトラーが、独ソ戦開始後に陸軍総司令官に就任して自ら作戦指揮にあたったことも頷ける。『独ソ戦』と重なる部分も多いが、第2次世界大戦開戦前の時代からスタートしているため、個人的にはこの『ナチスの戦争』を読んでから『独ソ戦』に向かった方が、スムーズに理解できるような気がする。

 翻訳であるせいか、表現的にやや読みづらい部分があるものの、はおおよそ見開き2㌻ごとに見出しがついており、内容の把握が容易であり、ほぼ時系列に叙述されているので、破滅へと向かう流れがつかみやすい。 
 
 興味深いのが、義勇軍(フライコー-ル)である。これは従軍経験のある元軍人が率いた軍事組織で、ナチス幹部にはルドルフ=ヘスや突撃隊隊長レームなど義勇軍出身者が多い。もちろん正式な軍隊ではないが軍隊のように制服に身を固め武装した組織で、「鉄兜団」などがあった。1919年3月の時点で25万人が義勇軍に所属していたという(23㌻)。ヴェルサイユ条約(1919年6月)では「陸軍10万、海軍1万5千」となっていたので、義勇軍所属者の数がいかに多かったかがわかる。教科書には「社会民主党を中心とする臨時政府は、議会制民主主義の樹立をめざす一方、軍部など旧勢力と結んで、スパルタクス団など左派をおさえた。」(東京書籍『世界史B』)とか、「指導者ローザ=ルクセンブルクやカール=リープクネヒトは、1919年初め右翼軍人に殺害された。」(山川出版社『詳説世界史』)とあるので、手を下したのは正規軍だと思っていたが、実際には国防大臣から命令を受けた義勇軍であった。もともと左派だった社会民主党政府が右派と手を組むというのも妙な話だが、共産主義に対する敵意がよほど強かったのか。

 こうした暴力容認の風潮が、ドイツ人の民族共同体建設=生存圏の拡大(「血と土」)のための戦争を容認していくというのは自然な成り行きのように思える。おまけに軍事支出の増大と再軍備宣言で、ドイツの失業問題を解消することができた。景気が回復すると今度は労働者不足が深刻になったが(83㌻)、オ-ストリアとズデーテン地方の併合により、ドイツは労働力と外貨を確保することに成功したが(110㌻)、これらはずべてが戦争に向けて活用されることになる。。

 ドイツ人の生存圏拡大と食糧の安定供給を目指した戦争は、ポーランド侵攻後は「イデオロギーの戦争、民族と人種の戦争」へと発展していく(118㌻)。これは『独ソ戦』(岩波新書)における「収奪戦争」→「世界観戦争」への展開とよく似ている。

アインザッツグルッペンEinsatzguruppen : 『独ソ戦』に出てきた「出動部隊」は、本書では「特別行動隊」という用語を使用している。1944年10月には、16歳の少年から60歳の老人までが国民突撃隊という軍事組織に編成されたが(195㌻)、国民突撃隊は国防軍の一部ではなくNSDAPによって組織された民兵組織である(223㌻)。アインザッツグルッペン・国民突撃隊ともに日本語Wikipediaにも項目があった。私には知らないことが多すぎる。

完全なる敗北「工業先進国が最後の最後まで戦い、攻守ともに数十万人の死傷者を出した市街戦の末、敵軍部隊が政府所在地を制圧してようやく降伏したというのは現代史上はじめてのことだった。」確かに。日本との比較(214㌻)。第二次世界大戦におけるドイツの全戦死者の四分の一が最後の4ヶ月に集中している(216㌻)。

本書で触れられているデンミンにおける集団自殺について、つい先日ネット上で記事を読んだ。 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190810-00010000-clc_teleg-int


最近見たいと思ったナチズム関係の映画。負の遺産の記憶。
 ・『ハンナ・アーレント』(2012)
 ・『ゲッベルスと私』(2016)
 ・『否定と肯定』(2016)   
 この3つのうち、『否定と肯定』しか見れてない。



ナチスの戦争1918-1949 - 民族と人種の戦い (中公新書)

ナチスの戦争1918-1949 - 民族と人種の戦い (中公新書)

  • 作者: リチャード・ベッセル
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2015/09/24
  • メディア: 新書



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大木毅『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 「戦場ではない 地獄だ」というコピーから、スターリングラード市街戦などの凄惨な地獄絵図的エピソードを集めた本かと思ったが、独ソ戦に焦点を絞って政治や経済、思想などの面から「なぜこのような悲惨な戦争になってしまったのか」を考察した本であり、とても分かりやすい本であった。

 第二次世界大戦でドイツがソ連に侵攻した理由について、高校で使っている教科書にはあまり明確に記されていない。もちろん、前提としてナチスが共産主義を敵視していたことはあげられるが、その一方で1939年8月には独ソ不可侵条約を結んでいる。本書では、その背景が明快に記されており、授業で説明がしやすくなった。

 (1) ソ連がドイツに屈服すれば、ソ連を頼みにしているイギリスも屈服するだろうとヒトラーは考えた(12㌻)。
 (2) ルーマニアの油田を守るため、ヒトラーがソ連侵攻の決断を下すよりも先に、軍部が対ソ侵攻の意志を固めていた(18㌻)。(実教出版の教科書『世界史B』と東京書籍の教科書『世界史B』には、「ドイツのバルカン侵略がドイツとソ連の関係を悪化させた」ことに触れている)
 (3) 戦時下であってもドイツ国民に負担をかけずに生活水準を維持するため、占領地から資源や食料、労働力を収奪することを目的とした「収奪戦争」。
 (4) ナチスの世界観にもとづく「劣等人種」の絶滅をめざす「絶滅戦争」。

 (3)と(4)について、ナチスが設置した強制収容所にはダッハウのような強制労働を目的とした収容所と、映画『ショアー』で取り上げられたトレブリンカやヘウムノ、アウシュヴィッツといった絶滅収容所があった。山川出版社の『新世界史』には、「ドイツは国内および占領地でユダヤ人の絶滅とスラヴ人の奴隷化をめざし、彼らを強制収容所で働かせ、約600万人といわれるユダヤ人を虐殺した(ホロコースト)」とある。

 ノルマンディー上陸以後、ドイツ軍は総崩れになったようなイメージだが、実際には頑強に戦い続けた。「負けたら後がない」とわかっていたからである。食うか食われるかの絶対戦争は、大戦終結後も負の遺産を残した。




次に掲げた地図は、第二次世界大戦後にポーランドの国境線の変更やチェコスロヴァキアの独立回復などに伴って、ヨーロッパで生じた大規模な人口移動の主なものを示したものである。ドイツ人のズデーテン地方からの移動を示すものとして正しいものを、次のうちから1つ選べ。(1993年度 センター試験 本試験 世界史 第1問C )
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独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

  • 作者: 大木 毅
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2019/07/20
  • メディア: 新書



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下地ローレンス吉孝『「混血」と「日本人」 ―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史―』(青土社) [歴史関係の本(小説以外)]

 外国ルーツのスポーツ選手の活躍や出入国管理法の改定など、最近では日本人と外国人の違いに言及したトピックに事欠かない。一方で日本での国際結婚は30組に1組の割合にのぼり、国内の新生児の50人に1人はいわゆる「ハーフ」であるという。この場合の「ハーフ」は、「どちらか一方の親が外国籍」を意味するが、かつては「混血」とよばれたり、最近では「ダブル」「ミックス」という呼称もある。こうした呼称がどのように意味づけされ、また変化していったのかを社会学的に考察した本である。

 全450㌻となかなかの大著であるが、それぞれの章には小括があり、さらに大きな部にもまとめがあるので理解しやすい。もともと学位論文だということで、序章は理論や研究の枠組みを示している。やや読みづらい部分もあるので、読み飛ばしても差し支えないが、時期区分と位相、人種プロジェクトの概念は理解しておいた方がよいと思われる(序章2-1~2-3)。時期区分と位相は図0-3(36㌻)で分かりやすく示してあるが、初版は表中に気になる誤植がある。

 第Ⅰ部「混血の戦後史」は、戦後を四つの時期に区分し、それぞれの時代を「1.混血児」「2.ハーフ」「3.ダブル」「4.多様なハーフ」という言葉で象徴させる。ここで興味深かったのは、戦後まもなく文部省が出した「混血児対策」と学校現場での対応の記録をまとめた第一章。また、「多文化共生」を目指す施策中には、自分たち「日本人」とは異なる「外国人」という二項対立的な構造を前提にしているとの第三章の5での指摘も興味深い。「外国人」を「日本人以上に日本的」と褒め称えるのは、この二項対立にもとづいているが、この前提に基づけば「ハーフ」とよばれる人々は「日本人」でも「外国人」でもなくなってしまう。ナチスはニュルンベルク法にみられるようにユダヤ人を「血の論理」で区分していたが、歴史的に形成されてきた「日本人」と「外国人」という二項対立の中では、その内容が多様な「ハーフ」の存在は見えにくくなるだろう。
 第Ⅱ部「戦後史から生活史へ」では、「ハーフ」の人々のインタビューに基づいて「日本人」でも「外国人」でもない彼らが日本でどのように生きてきたかが紹介される。『地域から考える世界史』でも書いたことだが、私自身も様々なエピソードや体験を耳にしてきた。こうした差別や偏見にさらされた人たちに対して、「よく耐えたね、頑張ったね」だけで終わらせてはいけないような気がする。

 学校の教室にハーフの子どもがいることは珍しくない。普段私は「外国ルーツの人(子ども)」という呼び方をするが、それは「ハーフ」という言葉を使うことになんとなく抵抗があるからだ。おそらくその言葉に蔑視的なニュアンスを感じるからだと思うが、根拠があるわけではなかった。「ハーフという言葉に、自分はなぜ抵抗があるのか」を考える機会となった。


著者による評論
https://www.nippon.com/ja/currents/d00443/
https://www.nippon.com/ja/currents/d00444/
https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/lawrenceyoshitakashimoji01
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57709



「混血」と「日本人」 ―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史―

「混血」と「日本人」 ―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史―

  • 作者: 下地ローレンス吉孝
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2018/08/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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玉木俊明『近代ヨーロッパの形成~商人と国家の近代世界システム』(創元社) [歴史関係の本(小説以外)]

 ツィッターに「歴史bot」( https://twitter.com/history_theory/)というアカウントがある。歴史関係の本の一部をそのまま呟くアカウントだが、なかなか面白い。そのツィートで見つけたのがこの本。序章と第一章における研究成果の整理と批判的検討は、読み物としても大変面白い。最初に面白かったのは、ツィッターでも紹介されていた以下の2点(37㌻)。
 ・産業革命は、それまで劣勢であったヨーロッパ経済がアジア経済に追いつき追い越す過程だともいえ、それはエネルギー源を生物由来の有機エネルギーから無機エネルギーへと転換することによって可能となった。
 ・欧米と日本とでは、歴史教育をめぐる状況がかなり異なる。
 
 次にウォーラーステインの世界システム論に関する検討も興味深い。現在ウチの学校で使っている教科書『世界史A』(実教)には、「国際分業体制」というコラムで世界システム論の解説があり、資料集『グローバルワイド最新世界史図説図表』(第一学習社)でも「近代世界システムの形成」という特集ページがあり、(『グローバルワイド』には「妥当性について疑問を呈する意見もある」という記述もあるが)なおウォーラーステインの世界史システム論はなお大きな影響力を持っている。しかし本書によれば、ウォーラーステインの近代世界システム論はヨーロッパではあまり人気がなく、グローバルヒストリアンの中には反ウォーラーステインの論者もいるという。その上でグローバルヒストリーに欠けている従属理論の視点、一方近代世界システム論に欠けている産業革命を考慮しつつ、商人ネットワークによる情報の重要性に対する指摘はなかなか興味深い。

 進学希望者向けの課外授業ならともかく、歴史理論を高校世界史の日常の授業で扱うことはまずない。しかし「大きなストーリー」が頭にあれば、個別具体的な場面を授業で扱うときにも、知らない場合に比べて自分なりに強調したり分かりやすく説明できたりするように感じる。とりわけ第4章には色々と面白い視点が並んでいた。主権国家に税金という視点がはいれば「領土は主権が国民に対して税金を課すことができる範囲」と、主体・対象・範囲で説明することもできる。戦争の重要性にしても然り。教科書的にはウェストファリア条約で主権国家体制が確立したと言われるが、スイスが永世中立国となったことからわかるように、これは戦争を前提とした体制でもある。18世紀にはいって七年戦争などヨーロッパ外での戦争が増えるとともに戦費は増加する一方で、国家財政に占める戦費の割合は増加の一途をたどる。こうした戦争を可能としたのが商人のネットワークを通じた資金の流れであり、また戦争によって国民意識は高まり、フィクションとしての国民国家が形成されていく、と。商人ネットワークの視点があれば、「最も利益を得たのはスペイン人の砂糖プランダーではなく、なぜイギリス商人だったのか」が説明できるような気がする。

 2013年の大阪大学の入試(世界史)と2016年に出された大学入学希望者学力評価テストの問題イメージでは、アンガス・マディソンの『The world economy: a millennial perspective』(邦訳は『経済統計で見る世界経済2000年史』柏書房)所収の統計が示されているが、本書の内容が頭にあれば、生徒にとってより分かりやすい解説ができるのではないだろうか。

 たまたま同時期に読んだのが、江戸川乱歩賞作家である高野史緒氏の『翼竜館の宝石商人』(講談社)。17世紀のアムステルダムを舞台に、「光と影の画家」レンブラントが謎を解く歴史ミステリー。物語の背景は、オランダの商人ネットワークである。おかげでよりよく楽しめた。


近代ヨーロッパの形成:商人と国家の近代世界システム (創元世界史ライブラリー)

近代ヨーロッパの形成:商人と国家の近代世界システム (創元世界史ライブラリー)

  • 作者: 玉木 俊明
  • 出版社/メーカー: 創元社
  • 発売日: 2012/08/21
  • メディア: 単行本



翼竜館の宝石商人

翼竜館の宝石商人

  • 作者: 高野 史緒
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/08/23
  • メディア: 単行本



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長谷川 修一/小澤 実 編著『歴史学者と読む高校世界史: 教科書記述の舞台裏』勁草書房 [歴史関係の本(小説以外)]

 高校で用いられている世界史の教科書を対象に、記述内容と作成プロセスを検討した本である。第Ⅰ部および第Ⅱ部では、古代イスラエル、中世ヨーロッパ、中・東欧、アメリカ合衆国(以上第Ⅰ部)、イスラーム史、日中関係、東南アジア、日本に関する記述(以上第Ⅱ部)を対象に記述内容が批判的に検討されている。視点は様々であり、記述内容の妥当性に対する批判(古代イスラエル)、構成に対する批判(東南アジア)、複数教科書における記述内容の差異や変化(日中関係)、提案(イスラーム史)、整理(日本に関する記述)などがある。これらの内容は「授業で役立つ」というものではないが、それぞれに読んでいて興味深い。とりわけそれぞれの章の「おわりに」は、執筆者の方々のスタンスがよく表れており、高校世界史教員へのメッセージとも言える。

 もう一つ面白かったのが、教科書の記述がなぜ変わらないかという話だ。長谷川修一氏は、第一に内容の大幅な変更を好まない現場の意図に忖度した教科書会社が最低限の記述変更にとどめる傾向が強いこと、第二に学習指導要領の「世界の歴史の大きな枠組みと展開」を理解させることを目的としているため、「ステレオタイプな『出来事』としての理解」が重視されること、第三に厳密な史料批判が行われないまま「『旧約聖書』の本文のみを史料として過去の歴史を再構成する傾向」があったこと、第四に教科書執筆者が「古代イスラエル史」を厳密に研究してこなかったことの四つの複合的要因があるとしている。
 これら四つの要因のうち、三と四は古代イスラエル史固有の問題だが、一つ目と二つ目は他でもあり得る話だろうし、しかも両者には密接な関係があるように思われる。『詳説世界史』の執筆者である東京大学の橋場弦氏によれば、衆愚政という言葉を削除したら現場の教員からクレームが相次いだという[http://todai-umeet.com/article/34727/]。というのも「橋場教授は正しい表現に直したのにすぎないが、現場からすればわかりやすいストーリーが崩されてしまった」からだ。確かに自分自身の授業を考えてみても、因果関係を軸にしたストーリーを展開した方が話しやすい。

 個人的には、第Ⅰ部・第Ⅱ部よりも第Ⅲ部が面白かったが、中でも元教科書調査官の新保良明氏による第10章「世界史教科書と教科書検定制度」と矢部正明氏による第12章「高等学校の現場から見た世界史教科書―教科書採択の実態」は興味深い内容である。第10章は教科書検定とはどのように行われるのか、検定を行う教科書調査官(教科調査官とは異なる)とはどんな人で、どうやったらなれるのかなど興味はつきない。ここでも「おわりに」がリアルだった。よほど腹に据えかねたのだろう。
 「序」にあるように、この本は授業の改善や世界史という科目の在り方に直接「役に立つ」ものではない。であるにせよ、これまで正面から語られることがあまりなかった内容であり、自分自身が当事者であることも相まって、たいへん面白く読むことができた。

1930年度に松山高等学校で出題された世界史の問題はたいへん興味深い。確認できる範囲では、穴埋め問題の初出だとのこと(第11章)。



歴史学者と読む高校世界史: 教科書記述の舞台裏

歴史学者と読む高校世界史: 教科書記述の舞台裏

  • 作者: 長谷川 修一
  • 出版社/メーカー: 勁草書房
  • 発売日: 2018/06/29
  • メディア: 単行本



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吉田 裕『日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 アジア・太平洋戦争(この呼称については様々な意見があるが)において、日本軍の兵士が置かれた生活環境から戦争の実態を検証した本(著者の言葉を借りれば、「兵士の目線」を重視し、「兵士の立ち位置」から「死の現場」を再構成する)。内容が極めて興味深く、表現的にも読みやすい。これまでも日本軍の兵士が置かれた厳しい状況については様々な機会に見聞してきたが、この本が便利なのは証言や記録を出典を明らかにした上で一冊にまとめた点にある。さらに、戦場における歯科医療や海没死、装備の劣化など新たな視点を提供してくれた点もあげておきたい。

 以下、本書で興味深かった点。
・日中戦争開戦から終戦まで、満洲を除く中国本土で死亡した日本人の数は、46万5700人
・1941年の開戦から、アジア・太平洋戦争で亡くなった日本人の数は、約310万人
軍人・軍属      約230万人(うち朝鮮半島・台湾出身者 5万人)
   在外一般邦人     約 30万人
   国内で死亡した民間人 約 50万人
・戦没者の多くは、1944年以降に亡くなったと推定される。9割?
・戦死した軍人・軍属のうち餓死者が多い。 藤原彰61%、秦郁彦37%
したがって、戦争末期において、兵の多くは栄養失調の状態であった。
・戦死軍人・軍属のうち海没死は35万8000人と多い。
・米軍の潜水艦作戦は日本に比べて大きな戦果をあげた。
  日本の場合、潜水艦127隻の損失に対して撃沈した艦船は184隻(90万トン)
  これに対して米軍は、潜水艦52隻の損失に対して1314隻(500万2000トン)を撃沈
・艦船が不足していた日本は、恒常的に過積載状態だった。
・日本の輸送船は低速の商船が多く、さらに敵潜水艦の攻撃を避けるため
 ジグザグ航行を行ったため、一層低速となった。
・圧抵傷と水中爆傷
・体当たり攻撃を行う特攻では、機体に装着した爆弾の破壊力は通常より小さくなる。
・硫黄島守備隊の場合、戦死は3割で残り7割のうち自殺が6割くらい。
・戦争末期には兵士の体格が低下し、サイズが小さくて倉庫に眠っていた昔の軍服が使えるようになった。
・当時は一般に販売されていた覚醒剤のヒロポンが、戦場でも多用された。
・物資不足で、鮫皮を使った軍靴が支給された。サメの皮は水を透す。
・軍靴は糸が切れやすい。
・鉄の不足で飯盒も支給されなくなり、孟宗竹を利用した代用飯盒や代用水筒が支給された。
・重い個人装備。インパール作戦のときは40キロくらい。重くて歩けない。


 旧日本軍における飯盒の重要性が説明されていたが、なるほどという感じであった。確かに、第2次世界大戦を題材にした外国映画をみていると、食堂に集まって一列に並び、自分のトレイに入れてもらうシーンをよくみかける。こうした食事が提供できない場合に非常食として携行するレーションも、米軍は充実していたようだ。

第二次大戦中の米軍戦闘糧食
http://10.pro.tok2.com/~phototec/ww2.htm

 一方で、兵士一人一人が飯盒を携行するような自給自足的な補給方針も、様々な問題を生じたと思われる(本書96~98㌻)。



日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)

日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 (中公新書)

  • 作者: 吉田 裕
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/12/20
  • メディア: 新書



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