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歴史学って何だ? [歴史関係の本(小説以外)]

 世界史とか日本史の授業の一番最初の授業で何をするか。私の場合は、ちょっと自己紹介してすぐ授業です。先史の世界をやります。65分でちょうどいいくらいの時間です。「歴史は何のために学ぶのか」という話でもできればいいんですが(このような話をしている先生方も多いことでしょう)、そんな哲学は私にあるわけでないし。強いてあげれば「楽しむために勉強する」ってことくらいですかね。
 ところが昨年、全国社会科教育学会の研究大会で報告してみないかとい話が舞い込み、面白そうだとおもって二つ返事で引き受けたらこれがもう大変。かなり勉強させてもらいました(その意味ではとてもいい経験でした)。
 「歴史は何のために学ぶのか」という問いは、「歴史の授業はなぜ学校でやるのか」「授業を通じてどのような人間を育てていきたいのか」という問にもつながるので、歴史を教える側としては明確な答を用意しておく必要があるでしょう。
 全社学の発表に際して、N大学のK先生から紹介していただいたのが、小田中直樹『歴史学ってなんだ?』(PHP新書)、同『歴史学のアポリア』(山川出版社)の2冊。後者は専門的で、浅学な私にとってはやや難解。ただ歴史学の未来に対して強い危機意識を持っていることは感じられます。歴史学の現状を知るにはいいかも。「素人のための歴史学入門講座」と銘打たれた前者のほうが、私には数倍面白かったです。
 全体の語り口がイケてます。とても解りやすい。難しい内容を平易に書く、っていうのは難しいことですからね。問題提起する序章は歴史担当である私には笑えないジョークではあります。数年前、明治図書が出している『社会科教育』が歴史教育の特集を組んだ際に、「歴史が学校の不良債権」と化す危険性を指摘した文章があったけど、それを思いだすような「シーン3」でした。ちなみにその『社会科教育』の文章は、歴史が不良債権に陥らないようにするには、歴史に学ぶ必要性を持たせなければならず、現代社会の問題意識とリンクさせる必要があるという主張だったように記憶しています。話としてはよく分かりますが、なかなか難しい話ですよね。このことと関連して、私はこの文章を社会科教育に執筆した先生(現行の地歴科の指導要領作成の中心は、この先生だということです)から、「一部の歴史好きの生徒に支えられた授業ではダメだ」というお言葉をいただきましたが、そのときと今の授業とを比べてみると、残念ながらほとんど変わっていないようです。で、全社学の発表の時には、その先生がその場にいないことを幸い、「(かつてこういうことを言われたので、)目指しているのは全員を世界史好きにして、センター試験で90点以上をとらせること」と言ってしまいました(笑)。
 話はもどって小田中先生の『歴史学ってなんだ?』のこと。大きなテーマとしては第2章「歴史学は社会の役に立つか」がメインでしょう。歴史学の社会的有用性ということですが、このことは『歴史学のアポリア』第五章でも扱われています。歴史から教訓を得て新たなアイデンティティを得る、という点は現代世界の形成過程や諸問題を過去に溯って考えてみるということにつながってくるので、特段目新しい考え方ではないと思います。「歴史から教訓を得る」ってことですよね。ドイツのヴァイツゼッカー大統領が行った有名な演説(私の大学時代のドイツ語の授業でテキストだった)の有名なフレーズ「過去に目を閉じる者は未来にも目を閉じることにもなる」ってことでしょう。もう一つのコミュニケーション改善のためのツールって意見は、面白いですね。それは別に歴史学だけが担う役割ではないでしょうが、可能性という意味で興味深い。
 この本で私が一番興味深かったのは第3章のⅠ「高校世界史の教科書を読みなおす」でした(高校の世界史教師だから当たり前か)。特に19世紀後半の欧米における「統合」のキーワードは、目から鱗でした。また「教科書の行間を読む」では、そうだそうだと一々頷きながら読んでしまいました。私が高く評価している「解釈批判学習」は、小田中先生が言う「単純化された教科書の文章から、逡巡する歴史家の複雑な営みを読みとらせることがきるすぐれた実践」と言えるでしょうね。サンプルで用いられている山川の教科書は、執筆者の先生が自分のホームページでも紹介の文章を書いている(ただし旧課程版のようです)ので、併せて読むと数倍楽しめる?
 小田中先生はホームページはもちろん、ブログも運営中。ブログは最近出版された書評が中心で、アカデミックで難しいです。まあ歴史関係だったら私にもなんとかついていけるけど、経済関係はよく分かりません。でも語り口は平易で、最近の動向を知るには、いいブログだと思います。先生のホームページからは講義の概要がうかがえますが、「ヨーロッパ社会文化史特講」って面白そう。受けてみたいなぁ。でも小田中先生って63年生まれだから、私と3つしか違わない。えらい違いやなぁ。恐るべし。

歴史学ってなんだ?

歴史学ってなんだ?

  • 作者: 小田中 直樹
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2004/01
  • メディア: 新書


歴史学のアポリア―ヨーロッパ近代社会史再読

歴史学のアポリア―ヨーロッパ近代社会史再読

  • 作者: 小田中 直樹
  • 出版社/メーカー: 山川出版社
  • 発売日: 2002/04
  • メディア: 単行本


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コメント 11

小田中直樹

●小田中です。当方のブログでも挨拶をもうしあげましたが、あんな拙著をご紹介いただいて恐縮です。
●関心が歴史教育論に移ったせいか、ここのところ各地の高校をまわって世界史担当教員のインタビューをしています。来週は佐賀と福岡、夏休みが明けたら熊本と宮崎(こちらは予定)です。インタビューではいつも色々な実践がなされていることを教えられ、わくわくしています。
●今後もときどき覗かせていただきます。ではまた。
by 小田中直樹 (2005-07-10 20:23) 

zep

丁寧な挨拶をいただき、恐縮です(汗)。来週は九州に来られるのですか。雨も来週には上がることでしょう。私は県立熊本高校という学校に勤務しています。機会があれば、先生のお話を色々とおうかがいしたいものです。先生のブログ、今後とも楽しみにしております。
by zep (2005-07-10 20:50) 

Hicksian

はじめまして。小田中先生のブログ経由で足を運ばせていただきました。
私、熊本高校のライバルと目される(?)鹿児島にある某公立高校出身でして、zepさんに妙に親近感を覚えてしまいました。zepさんのような先生がいらっしゃったら高校時代に世界史の勉強にももう少し腰据えて取り組んだろうに。羨ましいな~、熊高の学生は。その結果のなれの果てがIrregular Economist(ブログ名)であります。高校時代に戻って勉強やり直したいです、本当に。
by Hicksian (2005-07-16 13:45) 

binten

記事を拝読させていただき大変興味を持ちました。
早速入手してみたいと思いました。
by binten (2005-07-16 16:09) 

zep

>Hicksianさん
Hicksianさんは鶴○高校のご出身なのですね。先月鶴○の先生とお話する機会がありましたが、優秀な先生だと感じましたが。
 >羨ましいな~、熊高の学生は。
そこまで言われると、「ほめごろし」ですって(爆)。
> bintenさん
歴史に関心をお持ちなら、読んで損はないと思います。新書なので、専門書と違って割と手軽に読めますし、文章も平易です。
by zep (2005-07-16 19:24) 

Hicksian

そうです、○丸高校の出身です。先生は優秀な方だったのでしょうが、教科書を最後まで終わらせることが出来ないということで、毎日毎日放課後に2~3時間にわたって授業があったというのがやる気を阻喪させられた一番の原因だと思います。3年生に入っておりましたので、他に勉強しなければならない科目があるのに・・・との恨みもあったかと思います。ご紹介になられている小田中先生のご高著に高校生当時出会うことが出来ていれば、もう少し違っていたと思いますが。多分。
by Hicksian (2005-07-16 22:10) 

zep

 そういえば、鶴○(ってよく考えたらソノママですね)高校の場合、教科書が終わるのは、毎年クリスマスころっていうお話でした。地歴2科目履修したい人は、放課後の課外を受けてるとのことでしたが。
 たしかに、この本は、多くの高校で日常的に行われているであろう世界史の授業に疑問を感じている高校生にこそ呼んで欲しい気がします。今度ウチの図書館に入れてもらうことにしたいと思います。
by zep (2005-07-16 23:44) 

Hicksian

>そういえば、鶴○(ってよく考えたらソノママですね)
○丸と書いたときに○○となって、私も“そのままだな”と気づきました 笑。
高校を卒業して10年と経っていませんので、もしかしたらzepさんがお話になられた先生は私も知っている方かもしれないですね。(だからというわけではありませんが)世界史を担当なさっていた先生は優秀な方だと思いますし、非常に接しやすく、生徒の面倒見のよいお方でした。悪いのはカリキュラム編成(時間の割り振り)です。日本史は好きで、得意科目だったんですが・・・。
鯨統一郎著『邪馬台国はどこですか?』を読んでからでしょうか、歴史を学ぶ楽しさを感じることができるようになったのは。

長々とお邪魔して申し訳ございません。今後も楽しく拝見させていただきたいと思います。
by Hicksian (2005-07-17 17:01) 

zep

う~む、多分私が話したのは、Hicksianさんが授業を受けた先生でしょう。「もう長いのでもうすぐ転勤」とおっしゃっていましたから。何で鶴○の先生と話す機会があったのかというと、九州内の公立進学校は連絡協議会を毎年一回開いていて、そこで話す機会があったというワケです。世界史は毎年あるワケではないんですがね。たまたま今年は世界史が俎上に上り、宮崎西高校が会場でした。残りは上野丘、東筑、佐賀西といった学校が参加しています。
by zep (2005-07-19 23:46) 

はじめまして、菊ともうします。今年から某女子大の文学部史学科に在学しています。いまは語学ばかりに重点が置かれていて、基礎演習と言う授業でしか本格的に歴史について考える時間がありません…。今度紹介されたていた本を読みつつ歴史とはなにか考えてみようと思います(^^)
by (2005-10-10 12:31) 

zep

菊さんの対象とする地域や時代が何か不明なので、詳しいことは言えませんが、外国の歴史を勉強しようという場合、最初は語学でしょうね。西洋史やるんだったら、英語以外に最低でも独語か仏語が必要。私は第一外国語が独語、第二外国語が仏語、あと英語とラテン語をとりました。英語の先生のお子さんが、今私の勤務校にいます(笑)。続いて必要なことは、学会の動向を知ることでしょう。『史学雑誌』の「回顧と展望」を10年分くらい読んでみるとか、あと西洋史だったら名古屋大学出版会の『西洋中世史研究入門』『西洋近現代史研究入門』などを読んで、「一体何が研究の対象となるのか」ということを考えていくことだとおもいます。
by zep (2005-10-15 12:19) 

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