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リン・ピクネット&クライブ・プリンス共著(新井雅代・訳)『トリノ聖骸布の謎』(白水社、1995) [歴史関係の本(小説以外)]

 今日もレオナルド・ダ・ヴィンチ関係のネタです。

  聖骸布(せいがいふ、Holy Shroud)とは、キリスト教における聖遺物の一つで、イエス・キリストが磔にされて死んだ後、その遺体を包んだとされる布のことです。中でも有名なのが、トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている「トリノの聖骸布」(Shroud of Turin)。なぜ有名かというと、他の聖骸布とは異なり、「トリノの聖骸布」にはイエスの姿が浮かび上がっているからです。
 この、「トリノの聖骸布」は、1353年にフランスのシャルニー家が所有していることは確認されていますが、それ以前どのような経路をたどってきたかは不明です。その後所有はイタリアのサヴォイ家に移り、同家のウンベルト2世の遺言により、1983年にはローマ教皇の管理下に置かれることになりました(所在先はトリノ)。サヴォイ家というと元イタリアの王家で、イタリア王国成立(1861年)以前にはサルデデーニャ王家ですから、世界史の教科書に必ず出てくるヴィットリーオ=エマヌエーレ2世もこの聖骸布の所有権者であったわけです。
  聖骸布の画像[http://www.shroud.com/]
  トリノ大司教管区[http://sindone.torino.chiesacattolica.it/]
私が教師になったころには、浜島書店の世界史資料集にもその画像が掲載されていたと記憶していますが、1986年に放射性炭素年代測定法(炭素14年代法)による時代鑑定が行われ、その結果「信頼率95%の確率で、AD1260年から1390年にかけて制作されたもの」という鑑定結果が出されました。
[http://www.rada.or.jp/database/home4/normal/ht-docs/member/synopsis/040200.html]
 しかしこの聖骸布は、贋作だとしてもその制作方法がよくわからないという点で、鑑定結果が出された後も依然として関心と信仰を集めています。というのも、この「トリノの聖骸布」は写真で言う「ネガ」であり、写真に撮って「ネガ」にするとイエス像が出現するというもの。この謎解きに挑んだのがこの本です。
 著者の二人は、炭素14年代法の測定がおおむね正しいという前提に立ち、この聖骸布はレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)によって造られた作品だと主張しています。「トリノ聖骸布」は1492年ころに、レオナルドがカメラの原型である「カメラ・オブスキュラ[http://www.discovery.panasonic.co.jp/electricity/lab/lab11cam/l110101.html]」を用いて造り、それ以前の聖骸布とすり替えたというのです。さらに著者は、「トリノ聖骸布」におけるイエスの顔は、レオナルド自身の顔写真であり、聖骸布のイエス像は磔にされた人の胴体との合成写真であるという説まで展開しています。以前これがイエスの顔(に近い当時のユダヤ人男性の顔)だと発表された写真と、聖骸布の男の容貌はかなり違ってるのは確か。
 [http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/1243954.stm]
 [http://archives.cnn.com/2002/TECH/science/12/25/face.jesus/index.html]
イエスはコーカソイドではないですからね。著者によると、聖骸布の男性が手で前を隠しているのは、公開にふさわしい姿にするためと、割礼のあとがないことを隠すためだったとか。
 ここまで読んだ人はこの本をいわゆる「トンデモ本」と思うかもしれませんが、読んでみるとそう簡単に切り捨てるのもなんか惜しい気がします。トンデモ本と研究書の中間といったところでしょうかね。実際BBCがテレビ番組として放映したそうで、日本でもNHKがその番組を放送したということです(だからといってこの本の説が正しいということではないですが)。著者はオカルト研究家として有名らしいですが、聖骸布にまつわるこれまでの経緯や論点がしっかり書かれており、しっかりとした考証と検証がなされているのうに感じます。そのため、読んでいて退屈な部分も少なからずあります。
 ではなぜレオナルド・ダ・ヴィンチがこんな手の込んだモノをつくったのかというと、参拝客を集めるためにローマ教皇から作成を依頼されたことと、さらには彼がシオン修道会のメンバーであったことがあげられています。いわば「時限爆弾」として作ったのだと。.....どっかで聞いたような話ですね。そう、『ダ・ヴィンチ・コード』です。ストーリーの概要を聞いて、どっかで聞いた話だなぁ、と思ったらこの本でした。「最後の晩餐」で、イエスの右隣にいてイエスとM字でつながっている人物はマグダラのマリアで、彼女の首を切るような仕草は、フリーメーソンの誓いの仕草である、という解釈も述べられています(168~170頁)。しかし「ダ・ヴィンチ=シオン修道会総長説」は、この『トリノ聖骸布の謎』の著者のオリジナルではありません。ネタ本は、マイケル・ページェント、リチャード・リー、ヘンリー・リンカンによる『聖なる血と聖杯』からだと、はっきり書かれています。これは、『ダ・ヴィンチ・コード』から盗作されたと訴訟が起こされた本です[http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-060314-0014.html][http://smartwoman.nikkei.co.jp/culture/news/article.aspx?id=20060410n1005c1]。3人のうち、訴訟の原告にならなかったリンカン氏は、『ダ・ヴィンチ・コード』に関係しているそうです。私は『聖なる血と聖杯』を読んだことはないのですが、この『トリノ聖骸布の謎』に書かれている内容を読む限りでは、かなり似ています。ソニエールという登場人物の名前まで同じ。まぁ、ネタ本の筆頭というところでしょう。『ダ・ヴィンチ・コード』が売れたのは、おそらく「本当らしいフィクション」という小説の手法をとったからではないでしょうか。
 実はこの本で、私が一番納得したのは、ルネサンスのヒューマニズムについての説明(143~144頁)。ジェフリー・バラクラフが言うように、「神・同胞・自然に対する態度が変わるとき」こそ転換期と言えるのであり(ジェフリー・バラクラフ『転換期の歴史』、邦訳は社会思想社より)、「12世紀ルネサンス」同様に「ヒューマニズム」という思想が生まれたルネサンス時代も転換期と言えるでしょう。12世紀に革新的な部分があったのと同じく、ルネサンス期が合理主義的なものばかりだったわけではありません。ルネサンス絵画にネオ・プラトニズムその他の思想がこめられているというのはよく知られるところです(エドガー・ウィント『ルネサンスの異教秘儀』、邦訳は晶文社より)。

【関連リンク】
聖骸布の作り方を解明したというN. D. Wilson氏のウェブサイト[http://www.shadowshroud.com/]
炭素14年代法の測定結果を否定する報道(米ABCニュース)[http://abc.net.au/science/news/stories/s1289491.htm]米ロス・アラモス研究所の科学者で、英国聖骸布調査団体(STURP)のメンバーでもあるRaymond Rogers氏によると、1988年に聖骸布から調査用サンプルとして切り取られた布片は、火災にあって聖骸布が破損した際修復されてつぎたされた部分だったという。今回Rogers氏は「microchemical tests」という検査を行ったが、これによると前回炭素年代法による調査で用いられたサンプルからはvanillinという物質が検出されたが、それ以外のオリジナルの部分からは検出されなかった。このvanillinとは、植物に含有されるligninの熱分解によって生成する物質で、主に麻などの植物性の物質に含まれるが、経年によってその含有量は減衰し、最終的には消滅する。したがって中世につくられたリネンからは容易に検出されるが、「死海文書」のように非常に古いものからは検出されない。Rogers氏は、今回バニリンが検出されなかったことから、聖骸布は1300年ないし3000年前のものと結論づけたという。

トリノ聖骸布の謎

トリノ聖骸布の謎

  • 作者: リン ピクネット, クライブ プリンス
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 1995/12
  • メディア: 単行本


レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯伝説

レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯伝説

  • 作者: マイケル ベイジェント, ヘンリー リンカーン, リチャード リー
  • 出版社/メーカー: 柏書房
  • 発売日: 1997/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


ダ・ヴィンチ トレジャー

ダ・ヴィンチ トレジャー

  • 出版社/メーカー: タキコーポレーション
  • 発売日: 2006/11/03
  • メディア: DVD

ルネッサンスの光と闇―芸術と精神風土

ルネッサンスの光と闇―芸術と精神風土

  • 作者: 高階 秀爾
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1987/04
  • メディア: 文庫


ルネサンスの異教秘儀

ルネサンスの異教秘儀

  • 作者: エドガー ウィント
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1986/12/20
  • メディア: -


ルネサンスの異教秘儀

ルネサンスの異教秘儀

  • 作者: エドガー・ウィント
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1986/12
  • メディア: 単行本


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