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『天国の門』(マイケル・チミノ監督、1980年、アメリカ) [歴史映画]

【映画について】
 舞台は19世紀末のアメリカ合衆国ワイオミング州。新たに入植してきた東欧系の移民と、すでに入植して牧場を経営している先住者との争いが生んだ「ジョンソン郡戦争」を題材にした作品。 アメリカの暗部ともいえる出来事を、『ディア・ハンター』でアカデミー監督賞を受賞したマイケル・チミノが描いた大作。
 当初製作された作品は約4時間(劇場公開版は149分で、現在発売中のDVDは219分の完全版)。4400万ドルという巨額の制作費を投じたものの、興行成績は350万ドルという散々な結果に終わり、この映画のせいで製作会社ユナイテッド・アーティスツ(ユナイト)は倒産、といういわくつきの映画。このため監督のマイケル・チミノは、1981年のラジー賞(ゴールデン・ラズベリー賞)で、ワースト監督に選ばれてしまいました。主演はミュージシャンとしても有名で、最近では『ブレイド』でウェズリー・スナイプスの相棒を演じているクリス・クリストファーソン。チミノ監督の『ディア・ハンター』でアカデミー助演男優賞を獲得した個性派俳優、クリストファー・ウォーケン、『わが命つきるとも』でトマス・モアを裏切るリッチ役を演じたジョン・ハートも好演。

【ストーリー】
  キネ旬DB [http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=6134]

【時代背景・見所など】
 舞台となったワイオミング州は、今日でもグレートプレーンズにおける放牧がさかんな州です。このワイオミング州は、アメリカで最も早く女性に参政権が与えられた州です(1869年、当時はまだ准州だった)。合衆国憲法で女性に参政権が認められるのが1920年ですから、かなり早い。西部では憲法修正成立以前から、既に女性に参政権を与えていた州が多く存在していました。これは女性の数が少なかったため、女性の発言力が高かったというのが、その理由のようです。
 ウチの学校で使っている資料集『新詳世界史図説』には、「移民のアメリカ合衆国」という特集ページがあります。このページをを見てみると、1880年代以降は、東欧・南欧からの移民が増えています。この背景には、それまでアメリカへの移民が多かった西欧や北欧が、工業化の進展によって経済的に安定してきたことがあります。また1881年からロシアで皇帝アレクサンドル2世の暗殺をきっかけに広がったユダヤ人排斥運動(ポグロム)のため、ロシアからの移民が急増したことも、東欧からの移民が増加した理由でしょう。ただワイオミングの場合は、ドイツ系の子孫が多いようで、ルター派のプロテスタントがバブテストとほぼ同数となっています。映画の中でも、ドイツ語らしき言葉が聞こえるように感じました。映画では移民たちの過酷な生活が克明に描写されています。移民として西部にやってきた人々の多くは、映画の通り農業を営んでいましたが、この根拠となったのが、南北戦争中の1862年に制定されたホームステッド法。1860年代から、牛を西部へテキサスから送り出すロング・ドライヴが行われていましたが、1880年代末にはほぼ消滅し、大規模な放牧が行われるようになっています。この結果、ワイオミングやコロラドでは牧畜業者と農民との間で、厳しい対立が起こることになりました。こうして起こったのが、映画のテーマにもなっているジョンソン郡戦争です。私がこのジョンソン郡戦争について知ったのは、猿谷要『西部開拓史』(岩波新書)にあった記述です(182頁)。この本では、この『天国の門』にも触れてあり、廉価版(1000円)としてリリースされたのを機に購入してみました。
 冒頭は20分以上にわたるハーヴァード大学の卒業式です(少し退屈)。しかし大勢で回転しながら踊るダンスは圧巻。見事な撮影です。東部の名門大学出身の二人は、どういういきさつで西部へ行くことになったのかは不明です。移民たちがスケート場で、音楽に合わせて滑るシーンも見事。でもやはり、移民たちの厳しい現実にどうしても目がいってしまいます。全体を通して、あまり「救い」が感じられない映画でもあります。この映画が公開されたのは、「弱腰外交」を批判されたカーター政権に代わり、「強いアメリカ」を標榜するレーガン政権が成立した頃です。アメリカの恥部をえぐり出すかのような作品が受けなかったのも、当時のアメリカ国内の風潮が理由だったのかもしれません。この映画制作の内幕は、当時のユナイト幹部が書いた『ファイナル・カット』に詳しく述べられています。

天国の門 [MGMライオン・キャンペーン]

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  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日: 2007/01/19
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ファイナル・カット―『天国の門』製作の夢と悲惨

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  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1993/03
  • メディア: 単行本


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コメント 2

水中バンド

TBさせて戴きありがとうございました。映画好きを自負していた自分の前に、年間300本映画を観た時期があるという先輩が「天国の門」をフェイバリットに挙げていたため、一度観たこの映画を再度観直し、この映画の素晴らしさを再確認した覚えがあります。西部開拓史に纏わるストーリー云々もありますが、所々に圧巻の撮影シーンがあることに気付きました。貴ブログを読ませて頂き、改めて過小評価されたこの作品を客観視出来ました。
また時々立ち寄らせて頂きます。機会ありましたら、私たちの製作したCD「水中物語」聴いていただけたらと思います。
by 水中バンド (2007-03-01 23:57) 

zep

長い映画ではありますが、時間をかけて見る価値はあると思いますね。卒業式のダンスのシーン、貴ブログにも書いてあったスケート場でのヴァイオリン演奏(弾いていた人が実にカッコよかった)、そして戦闘シーンなど撮影にずいぶんと凝ってるなぁと感じました。ちょっとした部分にも手抜きをせず妥協しなかったようですね。コケたのは、時代のせいでしょうか。エコロジカル・テロリスト、聴かせていただきたいと思います。
by zep (2007-03-03 09:42) 

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