SSブログ

山下厚『東大合格への世界史』(データハウス) [大学受験]

 今年の東大の世界史の問題で、第2問の暦に関する問題は結構難問だったという感想を書いたのですが、東京書籍の教科書『世界史B』来年度版には、冒頭の「世界史のとびら」には暦の特集が組まれており、イスラーム教徒が二つの暦を使い分ける理由(宗教儀礼と農業)がしっかり書かれていました。その他本文では、メソポタミアでは占星術のための天体観測から太陰暦が発達したことにも触れられています(現行版にも書かれているのでしょうか?)。山川の『新世界史』の「世界史のとびら」も暦法の話はありますが、東書のほうが面白い。『新世界史』ではメソポタミアの文化について、「河川の氾濫の時期を予測する必要から、メソポタミアでは、天文学や暦法・占星術・数学が発達した。」とあります。「河川の氾濫の時期を予測」というのは、エジプトのナイル川のほうがより適切のような気がしますが、なにぶん執筆者は大先生ばかりなんで、わたしが喚いても「蟷螂の斧」にすぎないでしょう(笑)。

 東京書籍の教科書というと、やたらと持ち上げているのが『東大合格への世界史』(データハウス)という本。「東大文Ⅰ生が教える日本語力で解く論述テクニック」というサブタイトルにひかれて買ったんですが(「日本語力」とは「論理構成をつくりあげる力」なのか「表現・修辞法」のことなのか、それらの両方なのかは不明)、いくつか気になる部分を指摘しておきましょう。
 一読して、この本を読んだ受験生が、著者のような解答を書けるのか?という単純な疑問がわいてきます。50ページ「私の解答のように書いた人は極めて少ないと思われる」ならば、受験参考書としてはあまり意味がないのでは?18ページの解答例に至っては、著者が推薦する「東京書籍の『世界史B』の、来年度版を買って185ページをしっかり読みなさい」としか言いようがない解答です。
 あまりよくない解答例が目立ちますが、中でも一番まずいのは2003年の第一問の解答例(60ページ)。この解答例の太字になっている部分は、すでに問題のリード文で書かれていることです(これではZ会の『段階式世界史論述のトレーニング』の解答例と同じ)。指定字数の3分の1近くを、リード文の内容を要約して書くことが、太字にするほど重要とはどうしても思えません。これで指定字数を大きくとられたせいか(あくまで好意的にとった場合ですが)、「運輸・通信手段の発展が、....各地の民族意識を高めたこと」の記述が実に不十分。「運輸・通信手段の発達」と「民族意識の高揚」との因果関係がまったく書けていません。それに前半の「植民地化」の部分で書かれている、「メッカ巡礼者の増加がイスラーム改革運動を広めた」ことは、「植民地化」ではなく「民族意識を高めた」で使うべきだということは、昨年度のウチの生徒でも書けていたことです。
 もう一つウチの生徒から指摘があった点は、64ページの2002年の解答例の「これに対する反帝国主義運動として、華僑の資本提供の下、孫文が中国同盟会を結成し、民族資本家は外国勢力に対し利権回収運動を行った。」という記述。利権回収運動と華僑とは直接には関係ありません(細かく見れば、富裕な華僑が利権回収運動を行った例はあるかもしれませんが)。利権回収運動の推進者は、ブルジョワジー(地主・高利貸・大商人・郷紳・買弁など)でした。民族資本家ともよばれた彼らは国内の富裕層で、基本的には立憲派であり、むしろ革命運動とは対立した関係といってもいいでしょうね。『中国の近代』(河出文庫)には、「清末の段階では、新興資産階級の利権回収熱をみたしてくれるものは、革命派でなく、むしろ立憲派のほうであった」(191頁)とあります。しかし、幹線鉄道国有化問題を契機に立憲派と対立関係に至ると、利権回収運動は反清革命運動と結びついていくわけです(『中国近現代史』岩波新書67頁)。したがって「華僑から経済支援を受けた反清運動は、利権回収運動をすすめた民族資本家とも結びつき」などとするのがいいと思います。
 もう一つ気になるのは、この本の筆者がすすめる参考書に『世界史論述のトレーニング』(増進会出版社)がはいっていて、『中谷の論述世界史練習帳』(旺文社)がはいっていない点。「日本語力」を「論理的に記述する構成力」と考えた場合、この『東大合格への世界史』よりも『中谷』の方がはるかに優れています。

 話が大きくそれてしまいましたが、今年の入試で自慢できる的中は阪大のⅢ(桃木先生の出題?)。直前の特別授業で、阪大の受験者に89年の東京学芸大と97年の京都大の問題(ベトナムとアルジェリアの独立)をやらせておいてラッキーでした。

東大合格への世界史―東大文I生が教える日本語力で解く論述テクニック

東大合格への世界史―東大文I生が教える日本語力で解く論述テクニック

  • 作者: 山下 厚
  • 出版社/メーカー: データハウス
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: 単行本


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:学校

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。