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トルコ民族の移動 [大学受験]

 昨日で冬休みの課外も終了。
 一昨日の課外は、2010年のセンター試験追試をやってみました。第2問B問6に次のような問題がありました(問題番号15)。





 トルコ系の国家・王朝について述べた次の文a~cが、年代の古いものから順に正しく配列されているものを、下の①~⑥のうちから一つ選べ。

  a  カラ=ハン朝がサーマーン朝を滅ぼした。

  b  セルジューク朝がバグダードに入城した。

  c  突厥が東西に分裂した。





 近年多い、6択の整序問題です。

 『蛍雪時代』1月号の特集「センター本番で勝つ!実戦解答テクニック」にも書いてありますが、このタイプは、文中に出ている歴史用語だけでは判断がつきにくく、点差がつく問題です。確かに、学校のマークカードリーダーで採点してみると、このタイプの問題は出来が悪い。2012年の本試(第1問C、問題番号9)にもこのタイプの問題が出題されていますが、各事項の時期が接近しているため、なかなか正解にたどり着くことが難しいと思います。

 まずは、最初または最後を決めると、6択が2択にまで絞れるので、スムーズに行けます。

 が、その後が問題。最後の2つから、一つをどうやって選ぶか。


 各予備校や出版社が出しているセンター過去問集の解説を読むと、このタイプの問題はほとんど「○○は×世紀末の出来事なので~」という説明に終始していますが、果たしてそれでいいのでしょうか?「起こった時代を覚えよ」という説明だと、受験生は際限なく暗記を強いられることになります。まさに「苦役への道」。

 2010年の追試の問題は、リード文中の「トルコ系」がヒント。これは、帝国書院の教科書『新詳世界史B』52ページの地図にある、「トルコ人の移動」が問われている問題。トルコ人が「モンゴル高原(突厥・ウイグル)」→「中央アジア(カラ=ハン朝)」→「西アジア(セルジューク朝)」と、西方移動していったことが問われている問題で、年号・年代を問うている問題ではありません。この問題は、タイプこそ違え、前年2010年の本試で出題された問題(第4問C問9)で出題された、トルコ人の移動の問題と本質的には同じです。問題の作成者は、「○○が起こったのは×世紀」とするだけの解説を見て、本質をとらえきれない予備校をなげいたのではないでしょうか。

 一方、2012年の問題は、『蛍雪時代』の解説にもあるとおり、関連する語句を関係づけてみると、前後関係が見えてくるタイプ。「エラスムスとルターは仲が悪い」「ルネサンスの中心地は、フィレンツェ(ダンテ、ペトラルカ、ボッカチオ)からローマ(三大巨匠)に移った」「ルターは、ラファエロのパトロンだった教皇レオ10世の贖宥状の販売に反対した」「ダ=ヴィンチは、フランソワ1世に招かれてフランスに行った」「セルバンテスは、フェリペ2世時代のレパントの海戦に参加した」「ルターを弾圧したカール5世はフェリペ2世の父親で、フランス王フランソワ1世と対立した」等々....このうち2つか3つでも知っていれば、ある程度まで絞り込めます。

 各予備校は、このタイプの問題を、「年号で判断する」問題ととらえているので、模試で出題される類問のクオリティが低くなっている.....と思うのは私だけでしょうか?2010年センター試験世界史B本試第4問B問6(問題番号33)に重箱の隅をつつくような解説をつけるくらいなら、受験生が試験場で活用できるような解説をつけてほしいものです。


 1月2日、5年前に卒業した生徒たちの同窓会に出席してきました。予餞会のとき、『一丁目の朝ぼらけ』をつくった学年です。私のブログを時々見てくれているという諸君がいて、転勤してからはほとんど更新していないので、うれしいやら恥ずかしいやら.....ということで久々の更新でした。

 大学や大学院で歴史を研究しているという人たちも多く、なんともうれしいこと。美術史を研究しているというOくん、もっと話を聞きたかったのですが、終わりの校歌斉唱がはじまってしまって残念。いずれ、ぜひ。


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