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「歴史総合」の授業を考える [授業研究・分析]

 去る12月21日、中教審が次期学習指導要領の改定案を答申した[http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1380731.htm]。これを受けて高校の新指導要領は2017年度中に告示され、2022年度から学年単位で実施されることになる。新課程ではおそらく「1年生で公共、2年生で地理総合と歴史総合、3年生で探求科目」ということになる可能性が高いから、歴史総合の授業は2023年度から正式にスタートすることになるだろう。2016年現在50歳の私は、2026年度いっぱいで定年退職となるわけだが、となると3年間は歴史総合の授業を担当しなければならない。大学でアクティブ・ラーニングにもとづく教授法を学んできた若い先生方の足を引っ張らないためにも、今から準備をしておきたい。
 これまで私は「教師は授業が勝負、本をたくさん読んで話題が豊富で、難関大の問題も解けて、受験指導ができる教師こそ理想像」と考えてきた。もちろん教師が勉強するのは当たり前、入試問題も同じく解けて当たり前、そもそも自分自身勉強が好きで、その楽しさを子どもたちに伝えたいと思って教師になったわけだから、前述の考え方が全面的に間違っているとは思わない。しかし、いま振り返って思うことは、こうした知識偏重的な考えが、結局のところ世界史Aを失敗科目としたのではないかということである。
 地理Aと日本史Aはわからないが、少なくとも世界史Aは失敗科目であった。2006年、全国的に世界史未履修が大きな社会問題となったが、その後は未履修逃れのために「世界史Aの看板で、実際は世界史Bの授業を行う」という学校が続出し、これが愛知県で不適切とされながらも今なお全国各地で行われているのは暗黙の了解である。歴史教科書では最大手の山川出版社に至っては『世界史A読本』などという、見方によっては悪い冗談としか思えないタイトルの冊子をつくっていたが、この冊子の需要がかなりあったということが実態を物語っている(最近は『書き込み教科書』を使っている学校が多い)。進研模試の「世界史B」で「近代から学んだ生徒向け」の問題が準備されていたり、熊本県の県下一斉テストの結果を見ると、教育課程上「世界史A」を履修しているはずの学校の生徒が、ほぼ全員古代オリエントや古代ギリシア・ローマの問題を選択しているという例もある。かく言う私も、2年生の世界史Aをルネサンス・宗教改革から始めることでなんとか不適切履修逃れをしているのが実態であり、やはり世界史Aは失敗科目だったと言わざるを得ない。
 
 新しく設置される「歴史総合」を「世界史A」の二の舞にしないためには、一体どうすればよいのだろう。一番簡単な方法は、「歴史総合」をセンター試験に入れないことではないだろうか。現行の「世界史A」は、「世界史B」のダイジェスト版というイメージは拭えない。このため、特に進学校といわれる学校では「ラベルは世界史Aだが中身は世界史B」という授業が横行することになってしまった。しかし、新たに設置される「世界史探究」の内容が、現行の「世界史B」に近い内容だとすれば、「歴史総合」と「世界史探究」はかなり違った内容になると感じている。したがって、「歴史総合」の看板で「日本史探究」や「世界史探究」を行おうという例は、あまり現れないのではないだろうか。もし「歴史総合」を受験科目化してしまえば、「受験にも使えるから」という理由で日本史専門の教師と世界史専門の教師が交互に授業を担当し、それも「世界史探究」と「日本史探究」の内容を教えるという事態にもなりかねない。こうなってくると、「歴史総合」は「世界史A」と同じ運命をたどることになってしまうような気がする。これを避けるには、「歴史総合の単独の問題」をセンター試験から外して、担当者が入試をあまり気にせずに授業を行える環境にしてくれるとありがたい。今のセンター試験では、「世界史Aは必修なのに入試に役立つ科目ではない、にもかかわらず受験を意識した授業をしなければならない、おまけにセンター試験の世界史Aは世界史Bと比べて難易度が低いとも言えない」というのが私の感覚である。確かに「入試科目にしないと勉強しない」という意見はもっともだが、大学入試センターウェブサイトで地歴のA科目受験者の数をみれば、「歴史総合」単独でセンター試験を行う必要性はあまり感じない。それよりも日本学術会議が今年の5月に出した「歴史総合」に対する提言[http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t228-2.pdf]では、「入試科目としては「日本史B」、「世界史B」などと合わせて1科目にするという方法も考えられる。」という考えが示されているが、これには賛成である。新課程で「世界史探究」を課す大学は、センター試験・国公立大個別試験・私大を問わず、「歴史総合の内容を含む」という形式は、たいへんよいアイディアだと感じる(理科では行われている)。ただ心配なのは、「世界史探究」の内容(分量)である。もし現行の「世界史B」と同じ程度のボリュームならば、3単位で完結させることはかなり難しいのではないか。となると、また様々な問題が生じかねない。
 

 新科目「歴史総合」で、私が注目してる点をあげておくと、
「高等学校学習指導要領における「歴史総合(仮称)」の改訂の方向性」(文科省) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/062/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/06/20/1371309_09.pdf

①「私たち」という当事者意識
  ・18世紀後半から現在 「近代化と私たち」
  ・19世紀後半から現在「大衆化と私たち」
  ・20世紀後半から現在「グローバル化と私たち」
 ②3点あげられている特徴
  ・世界とその中における日本を広く相互的な視野から捉える
  ・課題の解決
  ・歴史の学び方を習得

 上記の点には、日本学術会議の提言にある「能動的に歴史を学ぶ力を身につける」「世界と日本の歴史を結びつけて学ぶ」という内容も反映されていると感じている。

 以上をふまえて、「歴史総合」の授業案を考えているが、「単元の基軸となる問いを設け,資料を活用しながら,歴史の学び方を習得」するとあるため、授業は単元として構成し、「現代的な諸課題につながる」ように方向付けをしなければならない。「歴史総合」の教科書づくりは相当難航すると予想されるが(副教材=資料集づくりは、出版社も頭を痛めているようだ)、「歴史総合」の授業は「単元の基軸となる問い」をうまく設定できるかどうかにかかっている。生徒に対する評価を「問いに対する答え」でも行っていく以上、「単元づくり=授業づくりは問いづくり」になるような気がしている。

 最近読んだ本で、「歴史総合」の授業づくりに使えそうだと思ったのは、加藤陽子先生の『戦争まで』(朝日出版社)だ。先の大戦を考察するとき、加藤先生によれば日本は世界から「どちらを選ぶか」と三度問われ、結果として太平洋戦争への道を選んでしまった。三度とは、「リットン調査団への対応」「日独伊三国同盟」「日米交渉」である。加藤先生曰く、「この講義の目的は、交渉ごとに直面したとき、よりよい選択ができるように、シュミレーションしたことにある」と。交渉ごとに限らす、人生は選択の連続でもある。当事者としてよりよき選択を考えることは、主権者教育の一環としても適しているのでないだろうか。以下、加藤先生の著書をネタにつくった、「大衆化と私たち」に関わる歴史総合の試案である。


単元 「二つの世界大戦」(6時間構成)
  基軸となる問い:「第一次世界大戦後、国際協調の時代を迎えたにもかかわらず、第二次世界大戦に至った原因は何だろうか」
1時間目:総力戦としての第一次世界大戦
 「第一次世界大戦が、それ以前の戦争に比べて大規模になったのはなぜだろう」
2時間目:国際協調の時代
 「第一次世界大戦の反省は、どのような取り組みに現れているだろう」
 「日本は国際協調に、どのように関わったのだろう」
3時間目:世界恐慌のはじまり
「なぜアメリカで起こった株式の暴落が各国の不況へ波及したのだろう」
  (「経済の大衆化」)
4時間目:世界恐慌への対応
 「世界恐慌は世界にどのような影響をもたらしたのだろう」
  (「政治の大衆化」)
5時間目:第二次世界大戦の惨禍
「日中戦争・ヨーロッパの戦争・太平洋戦争の概要をまとめてみよう。」
6時間目:為政者としての選択~アメリカとの妥協か戦争か?
 「日本は、日独伊三国軍事同盟締結後に本格的な日米交渉を開始した。にもかかわらず、なぜ日本はアメリカとの戦争を選んだのだろう」


 「主体的・対話的で深い学び」という視点から、6時間目ではグループでの話し合いを取り入れたい。 「日本悪玉論」に陥らないように注意する必要があるし、またテーマやプロセスについて具体的に指示しないと、「活動あって学びなし」という身体的なアクティブさだけの授業になってしまうことにもなりかねない。ここは「話のもって行き方」をさらに検討したいところだ。

 これまでは「一歩下がって歴史事象を客観的に分析する」のが歴史の授業の王道だと思っていた。その考えを大きく変えざるを得なくなったという点で、私が体験する最後の改訂である新学習指導要領は、重い改訂である。


戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗

  • 作者: 加藤 陽子
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2016/08/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



それでも、日本人は「戦争」を選んだ (新潮文庫)

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  • 作者: 加藤 陽子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/06/26
  • メディア: 文庫



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