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内藤正典『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』(集英社新書) [歴史関係の本(小説以外)]

 1989年(平成元年)の冷戦終結宣言からおよそ30年が経過した。冷戦の終結は、それまでの東西対立による政治的・軍事的緊張の緩和をもたらし、世界はより平和で安全になるかに思われたが、実際にはこの間、地球上の各地で様々な政治的混乱や対立、紛争、内戦が生じた。とりわけ、かつてのオスマン帝国の支配領域はいくつかの大きな紛争を経験し今日に至るが、それらの歴史的起源は、多くの場合、オスマン帝国がヨーロッパ列強の影響を受けて動揺した時代にまでさかのぼることができる。
 以上のことを踏まえ、18世紀半ばから1920年代までのオスマン帝国の解体過程について、帝国内の民族運動や帝国の維持を目指す動きに注目しつつ、記述しなさい。解答は、解答欄(イ)に 22行以内で記し、必ず次の8つの語句を一度は用いて、その語句に下線を付しなさい。


 アフガーニー  ギュルハネ勅令  サウード家   セーヴル条約  日露戦争
 フサイン=マクマホン協定     ミドハト憲法  ロンドン会議(1830)



 これは2019年の東京大学の世界史で出題された問題だが、昨年、一昨年と授業で「オスマン帝国の衰退」の話をするときには紹介してきた。それにしても、一般論として「冷戦の終結は、それまでの東西対立による政治的・軍事的緊張の緩和をもたらし、世界はより平和で安全になるかに思われたが、実際にはこの間、地球上の各地で様々な政治的混乱や対立、紛争、内戦が生じた」理由は何なのだろう。
 本書の第一章の書き出しを読んだとき、真っ先に思い出したのは先に示した東大の問題だった。オスマン帝国の解体過程がなぜ現代社会の政治的混乱や対立、紛争、内戦(これらを本書ではまとめて「分断」と表現している)につながるのか。この点を考察するうえで本書は様々なヒントを与えてくれる。考察の対象としている地域もイスラーム圏そしてヨーロッパとの関係であり、私がこれまで持っていた「自分は高校で世界史を教えてるんだから、当然理解してるよ」的な自惚れを正してくれた。私には知らないことが多すぎる。

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 この本を手に取ったきかっけは、タイトルにひかれたからである。佐藤卓己先生の『ファシスト的公共性』(岩波書店)のあとがきに出てきたエピソード(「プロパガンダ」という言葉をめぐるドイツ人学生との会話)が印象に残っていた。実際には私が求めていた内容とは異なりメディアリテラシーの重要性を説くものであったが、インターネット(とりわけSNS)について書かれた第6章、パンデミックによってもたらされる新たな分断というわれわれが現在直面している問題について書かれた第7章は、これからの高校世界史の授業でも取りあげていくべき問題のように思われる。個人的にはこれまであまり関係性が見えていなかった、『歴史地理教育』の特集を相互につなげる視点を得たことが最大の収穫であった。現代社会の的確な分析とわかりやすい語り口ゆえ、高校生にこそ読んでほしい一冊。

【『プロパガンダ戦争』と関係があると思われる『歴史地理教育』の特集】
・特集「なぜ?ポピュリズム、ナショナリズム」(2018年9月号、No.884)
・「平成」の30年・ポスト冷戦を問う(2020年3月増刊号、No.907)
・学び合う「歴史総合」の授業づくり(2020年7月増刊号、No.912)
・特集「いま、感染症の歴史と向きあう」(2021年1月号、No.919)


プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア (集英社新書)

プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア (集英社新書)

  • 作者: 内藤 正典
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2020/09/17
  • メディア: 新書




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