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逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房) [歴史関係の本(小説)]

 物語の舞台は、独ソ戦。女性だけで構成された狙撃手小隊「第39独立親衛小隊」は、スターリングラードからケーニヒスベルクなど激戦地を転戦し、ナチス=ドイツとの「大祖国戦争」を戦い抜く。小隊メンバーはみな凄腕で、過酷な訓練と困難な作戦を成功させていくものの、一方で主人公の悲しみや苦しみ、そして逡巡が丁寧に描かれており、「痛快な冒険小説」「少女たちの成長譚」「武勇伝的な英雄譚」には終わっていない。とりわけ印象深いのは、同じ人間の中に天使と悪魔が同居しているかのような描写。戦争における人間とは、こうしたものかもしれない。また、戦史に詳しい人が読めば誤りもあるかもしれないが、ディテール豊かな戦闘シーンのハラハラドキドキ感は、エンターティメント小説としてもぬきんでている。

 作者は新人だそうだが、相当勉強しているなと思わせられるのは、エレノア・ローズヴェルトの扱い。肯定的に描かれてはいるものの、単にエレノア礼賛に終わっていない点は、フェミニズムがテーマの一つでもあるこの小説に深みを与えている。
2012年度センター試験世界史B(追試験)第3問Cのリード文より。

 国家元首の配偶者のなかには,自ら政治的・社会的な指導者としての資質を発揮する者もいた。アメリカ合衆国においては,フランクリン=ローズヴェルトの妻エレノアがその好例である。黒人や女性,失業者などの権利や福祉について関心の高かった彼女は,ニューディールの様々な政策に関して頻繁に夫に助言した。また,人権活動家として執筆活動なども行い,単独で行動することも多かった。夫の死後は,国際連合の人権委員会の委員長として,世界人権宣言の取りまとめに尽力した。
 
 エピローグの静謐さが、内容の社会性ともども胸に迫る。大きな流れの中で個人はどう生きるべきか。とりわけ今現在的な意味をもつ「ロシア、ウクライナの友情は永遠に続くのだろうか、とセラフィマは思った。」という一文は、多くの読者の記憶に残ることだろう。そして、昨年のNHK『100分de名著』で取り上げられた『戦争は女の顔をしていない』に続く「物語の中の兵士は、必ず男の姿をしていた」までの4行も印象深い。主人公が現代的すぎる感もあるが、それこそが今日的な作品であることの証左であるように思える。したがって、巻末の選評に「タイトルが平板であることが気になる」という意見もあったが、このタイトルは物語の内側における呼びかけ」」のみならず、読者それぞれに対しても向けられた言葉だという気がする。

 ドイツ兵士とソ連女性との物語は、 フョードル・ボンダルチュク監督の『スターリングラード 史上最大の市街戦』(2013年)を思い出した。




同志少女よ、敵を撃て

同志少女よ、敵を撃て

  • 作者: 逢坂 冬馬
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/11/17
  • メディア: 単行本



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今年の東大の問題(第1問) [大学受験]

 今年の東京大学の世界史、第1問は、「8世紀から19世紀までのトルキスタンの歴史的展開」を問う問題であった。内容分析その他は駿台予備校による分析シートが詳細で、さらに考え方も明記してありとても良い。高校生に解説をするときにも自分でアレンジして使えそうだ。

 「トルキスタン」という言葉はよく目にするが、具体的な地理的範囲は?と問われると私自身もなかなか怪しい。山川の『詳説世界史』によると、トルキンタン=だいたい中央アジアで、パミール高原を境に東西にわけられる。西トルキスタンはソグディアナに相当し、現在はウズベキスタン共和国、東トルキスタンがタリム盆地(ほぼタクラマカン砂漠)で中国の新疆ウイグル自治区に相当する。駿台の分析シートには、「最近では中央アジアに替わって内陸アジアという表現が用いられるようになっている」とあるが、教科書では「中央アジア」「内陸アジア」「中央ユーラシア」といった表現が混在している。駿台の分析シートには、「冬期講習で行った論述問題で受講生が最も使えなかった用語がトルキスタンだった」とあるが、このような曖昧さも理由の一つだという気がする。

 古い本だが、羽田明他『西域』(河出書房新社)によれば、広義の西域はヨーロッパも含めて中国より西の地域はすべて含まれ、狭義の西域は東トルキスタンすなわちタリム盆地を意味する。ただし、時代によっては西トルキスタンも含んだ中央アジア(海とつながっていない内陸河や内陸湖が分布している地域)全体を指し、「現在のことばでいえば、内陸アジアというのに近い」とある。問題のリード文には「内陸アジアに位置するパミール高原の東西に広がる乾燥地帯」とあるので、内陸アジアという呼称がよいのかもしれない。

 このトルキスタンが重要な点としては、リード文にもあるように、ユーラシア大陸の交易ネットワークの中心として、様々な文化が交錯する場であったこと、つまり東西文化交流の媒介地域であったことがあげられる。そしてもう一点は、とかく対立の文脈で語られてきた農耕民族と遊牧民族が共生してきた、もう一つの文化交流があった地域であるという点である。以下、2011年度センター試験世界史B(本試験)の第4問Bのリード文より。

 8世紀にモンゴル高原に興ったウイグルは,ソグド人の商業活動を保護するとともに,ソグド人の文化から大きな影響を受けた。ウイグル文字がソグド文字に由来することや,マニ教を受容したことは,その表れである。9世紀中葉以降,ウイグル人をはじめとするトルコ系遊牧民が中央アジアへ移住すると,彼らの支配下に入ったソグド人・トカラ人・漢人らの定住民もトルコ語を話すようになり,中央アジアのトルコ化が進行した。一方,トルコ系遊牧民も,定住民から商業・交易上の慣習や行政制度,さらには仏教やイスラームなどの諸宗教を受容し,遊牧文化と定住文化を融合させていったのである。

今年の問題で一番迷ったのが、指定語句の「宋」の使い方。宋とトルキスタン地域との関わりが思いつかなかった。河合塾・駿台ともに、宋と金によって滅ぼされた遼の一族がトルキスタンで西遼を建国したという形で使っている。なるほど。
1996年度センター試験世界史(追試験)第1問Bを思い出した。

問5 下線部⑤に関連して,サマルカンド地方を領有した勢力を,年代順に正しく並べているのはどれか。次の①~④のうちから一つ選べ。
   ① カラ=ハン朝――カラ=キタイ――チャガタイ=ハン国――サーマーン朝
 ② サーマーン朝――カラ=ハン朝――カラ=キタイ――チャガタイ=ハン国
 ③ カラ=キタイ――サーマーン朝――カラ=ハン朝――チャガタイ=ハン国
 ④ サーマーン朝――カラ=キタイ――チャガタイ=ハン国――カラ=ハン朝


 河合塾の二次私大解答速報は過去の内容まで閲覧できるが、駿台の掲載は一年間だけというのが残念。分析だけでもずっと読めるようにしもらえるとうれしい。
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