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ホセ・リサールの切手 [モノ教材(切手)]


 フィリピン独立運動の父、ホセ=リサール(1861~96)の切手です。台紙に4枚の切手が貼られ、解説がついています。左から2枚目の切手には「HELP ME STOP SMUGGLING Pres.MARCOS」という文字が赤色で加刷されています。ビートルズのエピソードで有名な、独裁者マルコス元大統領に関係しているのでしょうか?ご存じの方、情報を。


 これは結構珍品かも。「FIRST ANNIVERSARY OF THE OCCUPATION OF MANILA BY THE IMPERIAL JAPANESE FORCES January 2, 1943」ということで、フィリピンを占領して軍政下においていた日本軍の憲兵隊による検閲済み。紋章が消され、消印の上にも何か塗りつぶされたあとが見て取れます。向かって右上の切手はホセ=リサール。


 ホセ=リサールのコイン。フィリピンの1ペソ。東京の日比谷公園には、ホセ=リサールの像があるそうです。

見果てぬ祖国

見果てぬ祖国

  • 作者: ホセ リサール, 村上 政彦
  • 出版社/メーカー: 潮出版社
  • 発売日: 2003/09
  • メディア: 単行本

ホセ・リサール伝―伝記・J・リサール

ホセ・リサール伝―伝記・J・リサール

  • 作者: 花野 富蔵
  • 出版社/メーカー: 大空社
  • 発売日: 1995/11
  • メディア: 単行本


ホセ・リサールの生涯―フィリピンの近代と文学の先覚者

ホセ・リサールの生涯―フィリピンの近代と文学の先覚者

  • 作者: 安井 祐一
  • 出版社/メーカー: 芸林書房
  • 発売日: 1992/11
  • メディア: 単行本

ホセ・リサールと日本 (1961年)

ホセ・リサールと日本 (1961年)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: アポロン社
  • 発売日: 1961
  • メディア: -

ノリ・メ・タンヘレ―わが祖国に捧げる

ノリ・メ・タンヘレ―わが祖国に捧げる

  • 作者: ホセ・リサール, 岩崎 玄
  • 出版社/メーカー: 井村文化事業社
  • 発売日: 1976/01
  • メディア: -

暁よ紅(くれない)に―わが血もて染めよ フィリピン独立運動の悲運のヒーロー ホセ・リサール

暁よ紅(くれない)に―わが血もて染めよ フィリピン独立運動の悲運のヒーロー ホセ・リサール

  • 作者: カルロス キリノ
  • 出版社/メーカー: 駐文館
  • 発売日: 1992/01
  • メディア: 単行本

ホセ・リサール博士の生涯 (1965年)

ホセ・リサール博士の生涯 (1965年)

  • 作者: 桐生 巧
  • 出版社/メーカー: フィリピンに本を贈る会
  • 発売日: 1965/11
  • メディア: -


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長征の切手 [モノ教材(切手)]


 中華人民共和国発行による長征関係の切手です。いちばん上は、1985年1月15日発
行の「遵義会議五十周年記念」切手の初日カバー(F.D.C)。中国語では首日封と言う
ようです。封筒左下の絵は、橋を渡る様子を描いたものだと思います。遵義会議は、
長征途上の1935年1月15日から17日までの3日間、貴州省遵義で開催された中国共産
党の会議。この会議では、周恩来の指示のもと、毛沢東が中国共産党のリーダーに選
出されました。
 その下は、「中国工農紅軍長征勝利70年」のシートと4種のセット(2006年10月22
日発行)。「スタンプマガジン」4月号で400円でした。シートのデザインは、延安
で3つの紅軍部隊が合流する様子を描いており、下には毛沢東の言葉が書かれていま
す。
 長征については、藤子不二雄Aの『毛沢東の長征』(徳間書店)が面白いですが、毛沢東を美化しすぎという感は否めません。

毛沢東の長征―中華人民共和国の青春

毛沢東の長征―中華人民共和国の青春

  • 作者: 藤子 不二雄(A)
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 1990/05
  • メディア: 単行本


中国の赤い星〈上〉

中国の赤い星〈上〉

  • 作者: エドガー スノー
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1995/04
  • メディア: 文庫


中国の赤い星〈下〉

中国の赤い星〈下〉

  • 作者: エドガー スノー
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1995/04
  • メディア: 文庫


中国に賭けた青春―エドガー・スノウとともに

中国に賭けた青春―エドガー・スノウとともに

  • 作者: ニム ウェールズ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1991/12
  • メディア: 単行本


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スエズ運河 [モノ教材(切手)]

 再びスエズ運河関係の切手です。

【1】1995年度 センター追試験 世界史 第2問C
(スエズ運河について)次の文①~④のうちから,正しいものを一つ選べ。
① この運河は,エジプト支配を進めるイギリスのセシル=ローズ植民相の下で完成した。
② この運河は,イギリス人技師のレセップスによって建設された。
③ ディズレーリ内閣のとき,イギリスはスエズ運河会社の株式を大量に買収した。
④ この運河の開削は,アフリカ分割について協議したベルリン会議で決定された。

【2】1990年度 センター追試験 世界史 第3問B
 次の文①~④のうちから,正しいものを一つ選べ。
① 18世紀後半にワットによって改良された蒸気機関は,その後さまざまな輸送機関の開発を可能にした。
② 19世紀前半に完成したアメリカ合衆国の大陸横断鉄道やロシアのシベリア鉄道は,その後の両国の発展に貢献した。
③ 19世紀末のパナマ運河の開通は,太平洋と大西洋の距離を短縮しただけではなく,軍事的にも大きな役割を果たした。
④ 20世紀初めにイギリス人技師レセップスが完成させたスエズ運河は,イギリスのエジプト支配にとって必要不可欠のものとなった。

【3】2001年度 追試験 世界史B 第4問B
 19世紀後半における科学・技術の発展について述べた文として誤っているものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① アメリカ合衆国で,大陸横断鉄道が開通した。
② ダーウィンが,『種の起源』を発表した。
③ レセップスの指導で,スエズ運河が開通した。
④ ハーヴェー(ハーヴィ)が,血液循環の原理を発見した。


 エジプトで1969年11月15日に発行された、スエズ運河100年記念の切手。Yahoo!オークションで310円でした。開始価格は50円でしたから、けっこう上がったと思います。



【4】1990年度 センター本試験 世界史 第3問A
 下線部①の国について述べた次の文①~④のうちから,正しいものを一つ選べ。 ① ナセルは,アラービー=パシャと協力して,エジプトの革命運動を指導した。
② エジプトでは,1952年にエジプト革命が起こり,サダト政権が倒れた。
③ エジプトによるスエズ運河国有化宣言をきっかけとして,スエズ戦争(第2次中東戦争)が起こった。
④ 第4次中東戦争ののち,エジプトを含むすべてのアラブ諸国は,イスラエルと平和条約を結んだ。

 2006年7月26日発行の、スエズ運河国有化50周年記念切手。初日カバーにブロック4枚、それにエジプト郵政局の説明パンフレットがついて、ebayで4.50ドル(総支払い8.00ドル)でした。



【5】1998年度 センター追試験 世界史B 第4問B
 地図中のd国は,1922年にイギリスから一応の独立を果たしたが,名目だけの独立であったために民衆が反発した。そして,1936年に,イギリスとの間で新たな条約が結ばれることになった。この条約について述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① この条約は,マフディーの反乱が鎮圧された直後に結ばれた。
② この条約により,d国は共和国として完全な独立を果たすことになった。
③ この条約が結ばれたときのd国の首相は,サダトであった。
④ この条約が結ばれた後も,イギリス軍はスエズ運河地帯に駐留した。

 こちらは同じくエジプトで1954年11月4日に発行された、スエズ運河地域からの英国軍撤退合意記念切手です。Yahoo!オークションで90円でした。


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アフガーニーとパン=イスラーム主義 [モノ教材(切手)]

 【2000年度 センター本試験 世界史B 第2問B】
 19世紀のイスラム世界は,ヨーロッパ諸国の軍事的進出の対象となる一方,内部にも深刻な社会問題を抱えていた。1838年にイランに生まれた*アフガーニーは,イスラム教に基づく連帯,信徒の自己変革,イスラム国家の専制政治への反対を唱え,社会を改革してヨーロッパ諸国に対抗しようとした。彼は,⑤1871~79年のエジプト滞在時に,言論活動を通じてイスラム改革運動に影響を与えた。また,インド滞在後の⑥1880年代半ばにフランスでアラビア語の政治評論誌を発行し,東南アジアまで広くイスラム教徒に思想的影響を及ぼした。そして,イラン,ロシアなどを転々とした後,⑦1897年にイスタンブルで没した

*アフガニスタン出生説もある。

問5 下線部⑤に関連して,この前後の時期のエジプトについて述べた文として波線部の誤っているものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① ムハンマド=アリーの子孫が,オスマン帝国スルタンの宗主権の下で,スーダンと併せて統治していた。
② スエズ運河の建設やその株式の保有をめぐって,ドイツによる財務の管理を受けるようになった。
③ 1881~82年にアラービー=パシャが民族主義的な反乱を起こしたが,鎮圧された。
④ 1882年にこの国を事実上の保護国としたイギリスからの独立を求める運動は,第一次世界大戦後まで続いた。

問6 下線部⑥に関連して,1880年代のフランスの対外関係について述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
① ドイツにアルザス・ロレーヌを割譲した。
② アルジェリアに派兵し,植民地化に着手した。
③ チュニジアを保護国化した。
④ アロー戦争で中国に派兵した。

問7 下線部⑦に関連して,この年のオスマン帝国で実施された人口調査によると,イスタンブルの人口は90万人余りであり,その宗教・宗派別割合は次の図のとおりである。図中の( a )に入れる宗派の名として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

① プロテスタント ② ローマ=カトリック教会
③ ギリシア正教会 ④ ネストリウス派



 エジプトで1967年3月22日に発行された、アフガーニー(Gamal El Dine Al Afghani :1838/39~97)の切手です(アラブ宣伝週間)。Yahoo!のオークションで30円でした。

 彼はイランのアサダーバード出身といわれていますが(彼はアサダーバーディーとよばれることもある)、スンナ派・シーア派の枠を越えた活動を展開するため、アフガニスタン人と自称したようです(アフガニスタンではイラン人と自称しています)。彼はインド大反乱(1857年)前後にはインドに滞在しています。この時期のインドに滞在したことは、ヨーロッパ勢力の脅威を実感したという点で、彼の行動の原点といってもいいでしょう。 その後アフガニスタンからイスタンブル、そしてカイロへと移りますが、エジプト滞在(1871~79)の時期には、後にウラービー運動の中心となる指導者たちに大きな影響を与えました。その後ヨーロッパにわたり、1884年にはパリで政治評論雑誌『固い絆』を発刊(東書の教科書には、アフガーニーの顔が描かれた『固い絆』の表紙が掲載されています)、帝国主義に対抗するイスラーム諸国の連帯、すなわちパン=イスラーム主義を主張します。この『固い絆』の発行には、ウラービー運動に参加して国外追放となったエジプトのイスラーム神学者、ムハンマド=アブドゥフ(1840~1905)も参加していました。そして1880年代末にはイランに赴き、同地での活動はタバコ=ボイコット運動の契機となりました(タバコ=ボイコット運動については、『近代イスラームの挑戦』中央公論社の291頁以下が詳しい)。イランを追放された彼は、今度はオスマン帝国に招かれます。ミドハト憲法を停止したことで知られるアブデュル=ハミト2世(位1876~1907)は、西洋諸国の進出に苦しみ、自らの権威を維持するためにパン=イスラーム主義を利用しようとしたと思われます。しかしオスマン帝国の支配からの自立をはかるパン=アラブ主義の高まりもあり、彼は幽閉されイスタンブルで死亡しました。喉頭ガンで死亡したという説や、処刑されたという説、さらには毒殺されたとも言われます。その死まで、謎めいた人物でした。

 アブデュル=ハミト2世が、パン=イスラーム主義を宣伝するために派遣した軍艦が、エルトゥールル号です。この船の航海したコースをたどると、ちょうどイギリスの植民地や保護領の港市をつないでいることがわかります。つまり、イギリス支配下にある地域のムスリムに対する示威を意図した航海でした。アジア各地では、多くのムスリムの大歓迎を受けたようです。エルトゥールル号は明治20年(1887)の小松宮彰仁殿下がトルコを訪問したことへの返礼と海軍の練習航海、そして日土条約締結を目的として日本にやってきました。1890年6月のことです。ところがこの老朽化した木造フリゲート艦は、三ヶ月後に日本を発ってまもなく和歌山県沖で台風のため遭難、沈没してしまいました。この時の生存者に対する日本側の好意は、その後の日土友好の礎になったと言われています。


 彼の活動で思い出されるのが、2003年の東大第1問です。

 私たちは、情報革命の時代に生きており、世界の一体化は、ますます急速に進行している。人や物がひんぱんに往きかうだけでなく、情報はほとんど瞬時に全世界へ伝えられる。この背後には、運輸・通信技術の飛躍的な進歩があると言えよう。
 歴史を振り返ると、運輸・通信手段の新展開が、大きな役割を果たした例は少なくない。特に、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて、有線・無線の電信、電話、写真機、映画などの実用化がもたらされ、視聴覚メディアの革命も起こった。またこれらの技術革新は、欧米諸国がアジア・アフリカに侵略の手を伸ばしていく背景としても注目される。例えばロイター通信社は、世界の情報をイギリスに集め、大英帝国の海外発展を支えることになった。一方で、世界中で共有される情報や、交通手段の発展によって加速された人の移動は、各地の民族意識を刺激する要因ともなった。
 運輸・通信手段の発展が、アジア・アフリカの植民地化をうながし、各地の民族意識を高めたことについて、下記の9つの語句を必ず1回は用いながら、解答欄(イ)を用いて17行以内で論述しなさい。

  スエズ運河  汽船  バグダード鉄道  モールス信号  マルコーニ
  義和団  日露戦争  イラン立憲革命  ガンディー


 問題の要求にある「運輸・通信手段の発展が、各地の民族意識を高めたこと」の例としてイスラーム改革運動の広がりです。19世紀後半に汽船の時代が到来すると、メッカの巡礼者を通じてパン=イスラーム主義の思想が広まり、その際『固い絆』のようにパリで発刊された雑誌が、イスラーム世界全体に影響力を持つようになったわけです(東京書籍の『世界史B』には、19世紀にイスラーム世界に印刷術が普及し、新聞や雑誌がさかんに発行され、ムスリムが全イスラーム世界規模で意見を交換するようになったことが述べられています)。  西欧の進出に直面したアジア・アフリカ諸国の中で、宗派や民族を越えたムスリムの連帯を主張したアフガーニー、エジプト出身ではない彼の切手が、エジプトで発行された点にこそ大きな意味があるような気がします。

近代イスラームの挑戦

近代イスラームの挑戦

  • 作者: 山内 昌之
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1996/12
  • メディア: 単行本

イスラームと近代

イスラームと近代

  • 作者: 中村 廣治郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1997/11
  • メディア: 単行本


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モンゴル建国800年記念切手 [モノ教材(切手)]

 1206年にチンギス・ハンがハン位についてから昨年は800年目ということで、モンゴルでは様々な記念行事があったようです。これは『スタンプマガジン』で買ったモンゴル建国800年記念のチンギス・ハン切手。530円(プラス送料160円)でした。
 以前紹介したように、モンゴルではチンギス・ハンの切手は数奇な運命をたどっていますが、最近では国家の英雄として尊敬されているようですね。これまで発行されたチンギス・ハン切手に比べると、デザインもかなり神秘的なものになっているような気がします。


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戦後エジプトの切手 [モノ教材(切手)]

 第二次世界大戦後、中東地域の国際秩序を形成する主役は、イギリスを中心とするヨーロッパ列強から米ソヘと交代した。それを象徴したのは、エジプトに軍事進攻した英仏とイスラエルが、米ソの圧力によって撤退を強いられた事件であった。その後、イスラエルは、1967年の戦争の結果、アラブ諸国に対して軍事的優位を保つが、1970年代に入ると、アラブ産油国による石油戦略の発動やそれを契機とする国際世論の批判もあり、外交政策の転換を迫られた。1979年、アメリカ大統領の仲介により、イスラエルとエジプトとの間で平和条約が調印された。ところが、その同じ年にイランで革命が起こり、同国を対ソ戦略の要に据えてきたアメリカの中東政策は痛手を受けたのである。
(1999年度 追試験 世界史B 第1問Cのリード文)


 最初はスエズ運河国有化記念。1956年7月26日発行。これをきっかけに第2次中東戦争となったのは有名な話。この切手は郵便学者内藤陽介氏の『これが戦争だ!』のスエズ戦争の項目で紹介されていますが、内藤氏のブログでも紹介されています[http://yosukenaito.blog40.fc2.com/blog-entry-426.html#trackback]。

 次はアスワンハイダム完成記念(シート)。浜島書店の世界史資料集に掲載されている切手。1970年発行。2.99ドル。
国立情報学研究所によるアスワン・ハイダムのデータ[http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdf/Dambinran/binran/WDam/WAll_026.html ]

 ナセルとサダト。詳細不明。2.99ドル。エジプト革命20周年記念?


 スエズ運河再開記念(1975年)。消印も記念ヴァージョン。4.24ドル。
 スエズ運河は1967年の第3次中東戦争で沈没した軍艦が障害となり、以後1975年6月まで閉鎖されていました。スエズ運河については、通過の際の様子などを紹介した「スエズ運河の姿」[http://homepage2.nifty.com/go_tokyo/life_suz.htm] が興味深いです。

これが戦争だ!―切手で読みとく

これが戦争だ!―切手で読みとく

  • 作者: 内藤 陽介
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2006/03
  • メディア: 新書


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チンギス=ハンの切手 [モノ教材(切手)]

 ついに見つけたモンゴルのチンギス=ハン切手。いわゆる幻の切手の一つ。といっても最近ではけっこう頻繁にebayで見かけるようになりました。この切手の数奇な運命についえは、雑誌『しにか』2003年2月号の内藤陽介氏による「切手で見る中国偉人列伝11~チンギス汗(下)」に詳しいですが、大まかに概要を紹介しておきます。もともとこの 切手は1962年にチンギス=ハン生誕800周年記念として4枚組で発行される予定でした。この年、モンゴルではチンギス=ハン生誕800年を記念して各種の行事が開催される予定でした。しかし当時はモンゴルの社会主義政権がソ連の影響下にあった時代です。ソ連政府はこのモンゴルの記念行事に対し、チンギス=ハンはかつてロシア地方を征服した人物(「タタールのくびき」)であるとして(またモンゴル民族主義の象徴ともなりかねない)、不快感を表明しました。モンゴル政府としては、旧ソ連のチンギス=ハンに対する評価は理解していたでしょうが、1956年にフルシチョフがスターリン批判を行い「雪どけ」ムードがあったため、純粋に学術的な分野に限れば大丈夫との読みがあったのかもしれません。しかしソ連の姿勢に恐れをなしたモンゴル政府は、記念行事の責任者を粛清し、当然切手も発行中止となりました。しかしこの切手はすべてが廃棄されたわけではなく、モンゴルの郵政関係者がその一部を秘匿していたのです。そして1989年、廃棄されずに保管された切手が、「CHINGGIS KHAN CROWNATION 1189」の文字を加刷して再発行されました。この時の発行数は限定1万セットだったということです。
 今回入手した切手には、この加刷文字がありません(ちなみに加刷版の画像は、内藤陽介氏のブログにあります)。したがってオリジナルのまま残されていたものです。これはどうも旧ソ連の高官がモンゴルから持ち出したものの一部のようで、この切手の売り主はウクライナの人でした。ebayなどに出品されているものを見ても、売り主の多くは旧ソ連の人々がほとんどです。 値段は$11.95(総支払いは$16.45)でした。これらの切手、よくみるとキリル文字(ロシア文字)が見えます。このころはソ連の命令で、モンゴル語もキリル文字で表記するようになっていたのです。 こうしたことを考えると、この切手はむしろ現代史の教材として使う方がよいでしょうね。ちなみに4枚のウチ、チンギス=ハンとジャムチの牌符は分かりますが、あとの2枚は何でしょうか?ご存じの方フォローをお願いします。

※内藤陽介氏から教えてもらったところによると、
20m Military Field Emblem
30m Tablets with Inscriptions
50m Stone Column
60m Genghis Khan  ということでした。左端が戦場での旗印、左から二番目が何かの石碑というところでしょうか。


 もう1種は1997年発行のチンギス=ハン切手。モンゴル軍の兵士と行軍の様子が描かれています。 こちらは$4.99(総支払い $7.94 )。

 ところで、チンギス=ハン、チンギス=ハーン、ジンギス=カン、どの呼び方が一番妥当なんでしょうか。私はこれまで「ジンギス」は中国風の呼び方かと思ってましたが、これはペルシア風の呼び方らしい。そして「カン」と「ハーン」は意味が違って、「ハーン」は唯一無二の君主という意味であり、国の王や部族の長を意味する「カン」よりも高いランクにある最高位の称号とのこと。そうすると「ハーン」と呼ぶのが妥当な気がしますが、そう簡単ではありません。現在では彼を「ハーン」で呼ぶのが一般的らしいですが、そう呼ばれるようになったのは彼の死後かなり時間が経過したあとのことで、生前は「カン」と呼ばれていたとのこと。存命中から「カーン」称号で呼ばれたのは、第2代のオゴタイかららしいです。この話が載っているのは、白石典之『チンギス=カン』(中公新書)。最初に本のタイトルを見たとき、「チンギス」と「カン」の組み合わせに違和感を感じましたが、なるほどそういうことですか。ちなみにこの本の著者の専門は考古学。発掘のエピソードは面白いです。

チンギス・カン―“蒼き狼”の実像

チンギス・カン―“蒼き狼”の実像

  • 作者: 白石 典之
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2006/01
  • メディア: 新書


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英国の4偉人 [モノ教材(切手)]

 これは1974年7月10にイギリスで発行された切手「Great Britons」(英国の偉人)シリーズの初日カバー(First Day Cover : FDC)です。ebayで£0.99(総支払い£2.59)でした。10ペンスがエドワード黒太子、8ペンスはヘンリ5世、5ペンス1/2はオウエン・グリンドウ、そして4ペンス1/2はロバート・ブルースです。エドワード黒太子はもはや説明不要でしょう。肖像はこちら[http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Edward_the_Black_Prince.jpg]。ヘンリ5世(位1413~1422)はランカスター朝の創始者ヘンリ4世の子で、百年戦争を再開して大陸に攻め込み、アザンクールでフランス軍を大いに破ったイングランド王です。肖像はこちら[http://commons.wikimedia.org/wiki/Henry_V_of_England]。ロバート・ブルースは、映画『ブレイブ・ハート』にも登場したスコットランド王です。肖像はこちら[http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Robert_the_Bruce3.jpg]。4人の中では、オウエン・グリンドウ(Owain Glyndwr)が最も知名度が低いでしょうね。この人はウェールズの貴族で、エドワード1世以来イングランドの支配下にあったウェールズでイングランドに抵抗し、15世紀初めには事実上ウェールズ王となった人物です。Wikipediaには「the last Welshman to hold the title Prince of Wales」とありますね。この場合のprinceはもちろん王子ではなく、「首長」のこと。我が国では「皇太子がプリンス・オブ・ウェールズになるのはウェールズの国民感情を逆撫ですること」といった誤解もあるようですが、これはプリンスを「王子」と誤訳したためでしょう。ウェールズではやはり有名なようです[http://www.owain-glyndwr-soc.org.uk/]。趣のある城ですね[http://www.castlewales.com/glyndwr.html]。英BBCのウェブサイト[http://www.bbc.co.uk/wales/mid/halloffame/public_life/owainglyndwr.shtml]にもあるとおり、この人はシェークスピアの史劇『ヘンリ4世 第1部』にも登場します。この絵の元になったシールの画像はこちら[http://commons.wikimedia.org/wiki/Owain_Glyndwr]。

ブレイブハート

ブレイブハート

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日: 2005/11/12
  • メディア: DVD


ブレイブハート スペシャル・エディション

ブレイブハート スペシャル・エディション

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • 発売日: 2005/04/22
  • メディア: DVD


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貨幣代わりに用いられた切手 [モノ教材(切手)]

 第一次世界大戦中、ロシアではコインの不足から切手が紙幣に使われました。といっても、切手の原版を利用して、裏に「貨幣代わりに使える」という旨を記したもので、大きさも切手と同じ。ただ実物を手に取ると、厚さは切手よりも厚いです。


 これは2年ほど前にYahoo!のオークションで1枚100円で購入したものです。左側はクリミア戦争で有名なニコライ1世の肖像を用いた15カペイカ、右はロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世の10カペイカ。当時は半信半疑だったのですが(だから本家の「モノ教材」でも紹介していません)、今ネット上で調べると、かなり参考になる記事があります。
[http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2005/09/___c68a.html]
[http://www.aramaki.com/home/stamp/stamp6/money.html]


 これは裏側。ロシア語が読める方、何て書いてあるかフォローお願いいたします。


 今年ウチの学校では、世界史Aの教科書に清水書院を採用したのですが、これが結構面白い。コラムが充実しています。第一次大戦後のドイツのインフレの項目で、私が持っているのと同じ[http://www005.upp.so-net.ne.jp/zep/sekaisi/mono/banknote/banknote.html]200億マルク紙幣の写真が使われていたので、授業で使うのが楽しみです(笑)。


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第二次世界大戦の謀略切手 [モノ教材(切手)]

 『スタンプマガジン』3月号に面白い切手が掲載されていました。第二次世界大戦中の謀略切手です。謀略切手というのは、戦っている相手の国を混乱させるために作られたニセの切手です。これまでに写真等は見たことがありますが、売られているのを見たのは初めて。いわゆる伝単と同じですね。出ていたのはヒトラーの横顔をデザインした、50面未使用未欠落のフルシート。印刷がミシン目からズレてるのが難点といえば難点ですが、それもレアかも。「抽選 ご提供1名限り」というタタキ文句にひかれたワケですが、値段が何と39万8千円。私が出せる値段とは2ケタほど違います。
 私が謀略切手の存在を知ったのは、『芸術新潮』で贋作に関する特集があった際、第二次大戦中の贋作(ニセの身分証明書、新聞など)を紹介する記事を読んだ時です。その時に紹介されていた切手は、ヒトラーの横顔がドクロになっていたり、英王の王冠にダビデの星が書かれていたりするものでした。1枚くらい欲しいなとも思いますが、この広告を見せるだけでもいいかと思います。
 参考になる記事:
    http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2001Hazama/02/2300.html
    http://www.taishoshuppan.co.jp/sugihara/kitte.htm


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